第一話 戦場にて
炎が燃え盛る。無数の剣戟が響く。血と泥に塗れた戦場。
俺は、ただそこに立っていた。
そして、静かに呟く。
「……このパターンか」
寂しげに、どこか絶望するような表情を浮かべながら。
右手に握る剣を、ゆっくりと地面に落とす。
ボトリ、と鈍い音を立てて、俺の剣が泥の中に沈んだ。
敵軍は歓声を上げる。俺が剣を捨てたことを、
降伏とでも思ったのだろうか。
「イグニス・ヴァルカノスだ!殺せ!」
数え切れないほどの敵兵が、怒号とともに俺へと殺到する。その数、百どころではない。二百、三百……どこまでも黒い波のように広がる敵の軍勢。
それでも、俺は動かなかった。
戦う理由は、もうない。
──オルディナは、死んだ。
この戦争が始まった時点で、彼女の運命は決まっていた。
俺は知っていた。この戦争が始まったということは、
オルディナの村が焼かれ、彼女が殺されたということ。
過去、何度も見た光景。
『……助けて』
鮮明に蘇る記憶。
伸ばされた白い手。返せなかった言葉。
血が流れ、彼女は俺の目の前で──
「……ッ」
視界が赤に染まる。敵兵の刃が、俺の胸を貫いていた。
痛みが走る。熱い血が噴き出す。
俺は確かに、刺された。
そして──
次の瞬間、傷はふさがった。
「……は?」
敵兵の剣が抜かれる。だが、俺の胸には何の痕跡も残っていない。
「な……なんだ……?」
敵兵が狼狽する。
だが、それを許すほど周囲の兵士たちは愚かではなかった。
今度は、槍が、矢が、無数の刃が、俺の身体に襲い掛かる。
首が裂ける。
心臓を貫かれる。
腕が飛ぶ。
──そのすべてが、瞬時に元通りになる。
「……なんでだ?」
俺は、死んでいるはずだった。
それなのに、なぜ俺は生きている?
俺は、何度も転生してきた。百、千、万……すべての死を受け入れてきた。
だが、今回だけは──死ねない。
ありえない。
俺はゆっくりと自分の腕を見た。
確かに切り裂かれたはずの傷が、一瞬で癒えている。
「なんだ、これは……?」
俺の脳裏に疑念が浮かぶ。
何度刺されても、何度切られても、死ぬことができない。
「お、おい……あいつ、不死者か?」
「そんなバカな!全軍でかかれ!」
敵兵たちが再び襲い掛かるが、俺はただ立ち尽くしていた。
驚きが、そして戸惑いが、俺の心を支配する。
「俺は……なぜ死なない?」
俺は、ただ立ち尽くす。
次々と襲いかかる刃を、ただ無感情に受け続ける。
どれだけ切られようと、どれだけ貫かれようと、俺は生きていた。
──うっとおしい。
俺は、指先を動かした。
周囲の時間が止まったかのように、敵兵たちの動きが遅くなる。
「もう、終わりにしようか……」
俺は地面に落ちた剣を拾う。
一振り。
それだけだった。
空間が裂け、光が爆ぜる。
まるで世界が砕けるように、敵軍の軍勢が消し飛んだ。
轟音。
数百の兵士が、ただの塵と化した。
戦場は静寂に包まれる。
先ほどまでの黒い波が嘘のように消えた。
俺は剣を収め、ただ何もない戦場をぼうっと眺めた。
その時、
「お前の運命は、決まっている」
透き通るような声。
ふと視線を向けると、戦場の瓦礫の上に、一人の少女が佇んでいた。
恐らく少女、黒いフードを被る。
その存在に初めて気づく。
「……誰だ、お前は?」
俺の問いに、少女は静かに答えた。
「プレゼア」
その名前を聞いた瞬間、
何かが軋むような違和感が俺の胸を満たす。
「……お前、俺が知ってることを“知ってる”のか?」
俺は問いかける。
俺が死ねない理由。
この転生が「今までと違う」こと。
だが、彼女は何も答えない。
ただ、その冷たい瞳で俺を見つめ続ける。
「俺は……100万回生きた。だが、今回だけは……何かが違う。」
死ねない異常。
オルディナの死。
そして、俺を監視する謎の少女。
──俺はもう、転生できない。
その確信だけが、戦場に残った。