ラストスパート
ほとんど同時に、2台のマシンがホームストレートを通過する。
近年稀にみるデッドヒート。
観客も総立ちで見守っている。
ここまで熱いレースは、それこそ。
松田優次の現役時代以来だろう。
『ヴァァァアッ!!!』
低く唸るようなエキゾーストノートに、超高速で回るトランスミッションの駆動音が上乗せされる。
回転する歯車たちが、電子音のような高音を奏でるのだ。
減少の一途をたどっていた2台のギャップが、今一度離れだす。
「マシンの力は五分…ストレートに強いとは言っても、テクニカルなセクター3で帳消しにできるはずなんだ。」
捉えたはずの背中が、次第に、確実に遠のいていく。
『27号車がファステストラップを更新した!1分28秒792だ…!』
「フッ…やっぱりあなたは…速いですよ。sennaさん。」
だが、それは負ける理由にはならないよな。
アクセルを踏みなおす。
「まだだ…まだ、私は負けていない…。」
「諦めねえな…それでこそ富岡さんだァ…!」
1周、また1周と、コースを回る。
だが、ギャップは開く。
一周あたり0.2~3秒ではあるものの、確実に開いていく。
残り周回数は少ない。
「フゥ…フゥ…体力的にもそろそろしんどいか…!」
瀬名はアクセルを踏む右足の太ももをバシバシと強く叩く。
「ッシャ!オラ!気合い入れろ!!!」
まだレースは終わっていない。
3時間が過ぎ、一番前でコントロールラインを通過するまで終わりではない。
ピットでは上半身だけレーシングスーツを脱ぎ、シャワーも浴びずにひたすらモニターを凝視する正治の姿もあった。
その手に握られているスポーツドリンクは、10分ほど前から1ミリも減っていない。
「あと2周だ…耐えろよ、瀬名くん…!!!」
その映像の先にはバリバリと音を立て、マフラーから火を吹き出す27号車。
気づけば1号車との差は3秒を超えていた。
「…まだだ…まだ何か起こるさ…!」
精神的にも、肉体的にも限界を迎えているのは富岡も同じ。
『何か起これ』と、念じる。
裏を返せば、もうそれしか出来ることはなかった。
ここからファステストを更新してsennaの背後に詰め寄る気力は、なかった。
「ファイナルラップ…!」
『ラスト1周だ。頼むぞ、瀬名くん』
「抑えきれ、瀬名くん…!」
「…Copy!!!」
瀬名は目一杯回転数を上げ、ラストスパートを開始した。
最終ラップでも瀬名は、途轍もない攻めを見せた。
1コーナーをすぐに全開で立ち上がり、次から次へとコーナーを捌いていく。
最終セクター、セクター3でも若干ギャップは縮まったものの、綺麗にまとめ上げて見せた。
いつの間にか彼の頭からは、燃料のことなど消え去っており。
そして、それはピットにいる優次にも当てはまることだった。
またも、バリバリとけたたましい音をマフラーから発し、最終コーナーを立ち上がってくる。
何気なく瀬名はファイナルストレッチのその瞬間に、燃料系に目をやった。
『残り残量・0.0L』
ゴールまではあと、500メートル。
その瞬間、マシンは全機能を停止した。
『ヴゥゥゥ…』
弱々しい音と共に、マシンは失速していく。
スピードメーターの表示は、200キロを超えようとしていたところから一気にガタッと落ちていく。
その横を、燃料を大幅に残してプッシュしてきた1号車が悠々と通り抜けていく。
「不本意だ。不本意ではある。が、勝ちは勝ちだよ。…私のね。」
ゴール前200メートル、順位が入れ替わる。
27号車のスピードは、もうすでに100キロを切っていた。
しかし、前には進んでいるわけで。
ゴールテープを切ることはできた。
そして、『2位表彰台』という結果を得ることもできた。
しかし、コース脇にマシンを停め、降りてきた瀬名が真っ先に行った事といえば。
『ゴンッ!!!』
壁を、殴ることだった。




