オーバーカット
『1号車、AMTが3位に上がってきた。』
「なんですって!?早すぎる、間に三台挟まってたはずでしょ!?」
『三台が一度に喰われたんだ。後ろ、3秒差だよ。頑張って抑えてくれ…!』
「Copy。できるだけやってみます。」
3位グループのトップに立った富岡は、2位の瀬名へ猛追を開始。
元居たグループとの差がじわじわと開いていく。
予選でタイムが振るわなかった理由は、やはりストレートスピードによるもの。
それを加味してチームAMTは、決勝レースでのダウンフォースを低めに設定した。
コーナーでは自らの腕で。
直線ではセッティングによって差をつける。
しかし、瀬名たちトップグループのペースも相当に良く、中々差は縮まらない。
1周、また1周と時は過ぎ、事が動いたのは36周目。
ポールポジションからずっとトップを維持していたマシンが、ピットインする。
『前が入りました!!!』
「了解、次の周Boxね。正治くん準備お願い」
「OKっす」
ピットが、一気に慌ただしくなる。
トップがピットインしたことをきっかけに、下位グループのマシンが続々と入ってくるのだ。
『燃料の残りは確認できますか?』
「こちらのデータによると…半分以上残ってる。これなら当初の予定通り、正治くんが50周走ることも可能だと思うよ」
『良かったです。燃料の絞り方について引き継いでおきたいので一瞬無線を正治さんに代わってくれますか?』
優次はヘッドセットを外し、横にいた正治へと手渡す。
「こちら正治。どうぞ」
『Fuel Mapは基本的に6を使ってください。ただ、ホームストレートはそれだと置いていかれちゃうので4くらいでいいと思います。』
「それでも使い過ぎないか?」
『問題ないと思います。』
了解の返事をすると、ヘッドセットを取ってヘルメットを被る。
ブースを出て、ドライバー交代に備えようとすると、優次に呼び止められた。
「正治、オーバーカット作戦とは言うが、アウトラップで無茶はするなよ。」
ピットから出た直後の周のことをアウトラップという。
タイヤが冷えており、グリップしないためペースが上がりにくい。
「大丈夫です。オレは瀬名くんとは違って冷静沈着なのが取り柄ですから」
「あんまそんなイメージないけどなぁ」
胸に拳を叩きつけ、自信ありげに正治は言う。
それからほどなくして、ピットレーンにサイレンのけたたましい音が鳴り響いた。
「さァ…来たぞ…」
2位のチームレンペルおよび3位のチームAMTがピットイン。
ピットクルーの実力差で追い抜かれてもおかしくないギャップ。
その差、2.3秒。
しかし、レンペルには瀬名が残した最高の功績があった。
ピット内で行われる戦いは、チームレンペルが勝利を収めることになる。
一足先に、27号車が走り出す。
そのコックピットに座るのは桑島正治。
「リミッター・オン。最高速度60キロに設定」
速度制限のあるピットを、ゆっくりとハンドルの感触を確かめながら進む。
『ポールポジションだったマシンが最終コーナーを抜けた。オーバーカット、イケるか…!?』
「違いますよ松田さん。」
速度制限区間を脱出する。
「イケるか、イケないかじゃない。『イケるようにやる』んです!!!」
アクセルを一気に踏みしめる。
「リミッター・オフ、エンジン全開!!!」
弾かれたように1コーナーへ飛び込んでいく。
その後ろから、ポールポジションのマシンが一呼吸おいてついて来る。
1コーナー脱出時、正治が前。
オーバーカット作戦は成功である。
あとは、このポジションを守り切れるか。
そして、もう一台不気味なマシンがピットレーンを出てくる。
1号車、チームAMT RCF。
現状トップからのギャップは5秒ほどで3位につけている。
富岡祐介がマシンを降りても、そこは前年度チャンピオン。
ただただ指を咥えて見ているだけというのは考えづらい。
正治のペースがいい。
現在の二番手をグングン引き離していく。
懸念点だったAMTも、二番手をオーバーテイクするのに手こずっているのか一向に追いついてこない。
「トップを快走一人旅。気持ちがいいねぇ」
鼻歌交じりにコーナーを右へ左へ捌いていく。
「燃料の残量、大丈夫そうですか?」
順調すぎて少し自分が燃料を使い過ぎているのではないかと勘繰る。
『特に問題はないよ。そのままのペースで頼む。』
監督からのお墨付きももらった。
ひたすら、飛ばしていこう。
どこまでも、どこまでも。