特別
「富士スピードウェイ…。」
「?。何度も見てるだろ?こっちからの景色も。」
「いや…それはそうなんですがね…」
思えば、瀬名が生まれて初めて訪れたサーキットはここだった。
そして、生まれて初めて見たレースはSUPER GTだった。
「父さんに連れられて、ここにスーパーGTを見に来ました。確か小学校1年の時だった。」
あの時と比べると、マシンのラインナップも大きく変わった。
「その日もこんな暑い日で、観客も満員。エンジン音がうるさいとぐずったら、イヤーマフを買ってもらいました。今では何言ってんだって話ですけど。」
辺りからは作業をしているであろう金属音と、かすかにエキゾーストノートも聞こえてくる。
「レース開始直後に1コーナーでクラッシュが発生したんです。その時の父さんの第一声、なんだと思います?『夕方のサーキットウォークで散らばったパーツ拾えるかもしれない』ですよ。ドライバーの心配は!?って思うんですけど。」
「どこまでもクルマ好きなんだな、キミの親父さん」
「それで片付けていいんですかねぇ」
二人はガレージの前で、腕を組みながらグランドスタンドを見据える。
「とにかく、スーパーGTの富士は俺にとって特別なんです。だから今日は勝ちますよ。」
「誕生日だしな」
「あ、それもそうでしたね」
レーサー特有の反射神経により、瀬名の返答後0.15秒でフォーム・肩すかしに移行。
「おじさん最近足腰が悪いから無茶な動きさせんといてくれるかな!?」
「こないだ子供にお兄さんって呼ばれてたじゃないですか。大丈夫、まだ若いですよ」
ガクッと折った膝を、労わりながら戻す。
すると、ガレージの中から声が聞こえてきた。
「瀬名くん、正治くん。ミーティングするよー。」
「ウィッス。今行きまーす」
「切り替えが早いな。流石、若い…」
二人の人影は、ガレージの影に消えていった。
「さて、レース内容の確認から始めますよ。」
SUPER GT第二戦、富士スピードウェイ。
国内屈指の高速サーキットであるここは、この数年で直線番長の地位を盤石のものにしているGT-Rの勝負所。
チームレンペルは予選ではポールポジションこそ逃したものの、0.1秒差の2位につけている。
開幕戦でトップ争いを演じたチームAMTは6番手からの追い上げ。
上位全5台がGT-Rという異例の事態に、大会運営側もBoPの見直しを検討し始めている。
約1.5キロの長さを誇るホームストレートエンドでの最高速は、時速310キロを数えた。
ひとつ間違えば人の命など容易に飛ぶ領域である。
「今回のレースは走行距離が設定されておらず、3時間の耐久レースとなります。」
「こちとら24時間戦ったこともあるんです、楽勝ですよ。ねえ正治さん?」
「いや、スピードが全然違うからね?…うわ何目が怖いよ瀬名くん」
正治の肩に腕を回し、目をかっぴらいて顔を見つめる。
謎の行動に恐れをなして正治は一歩後ずさる。
「で、今回のレースプランですが。120周前後のレースになると予想されるので…どどん。」
ホワイトボードに書かれた数直線。
35、50、35という数字の横に、それぞれ瀬名、正治、瀬名の似顔絵付きマグネットがくっついている。
「ハイ、これちなみに画・松田裕毅ですけども。まあそんなことは置いておいて…」
「あの子絵も描くんか…」
「瀬名くんのだけ妙に力入ってんな…」
何度か描き直した跡が見受けられる瀬名の似顔絵に視線を持っていかれる。
「今回、3スティントで行きます。第一スティント35周瀬名くん、第二50周正治くん、第三35周瀬名くん。まあこんな感じがいいかなーと。」
その持っていかれた視線を元に戻すように、ペンの持ち手でコンコンとボードを叩く。
「で、瀬名くんは各35周とちょっと短くなっているので消耗が早いソフトタイヤを履いてもらいます。」
「なるほど、せっかくピット回数を増やすなら柔らかいタイヤも積極的に使った方がいいですもんね」
優次はコクリと頷き、ホワイトボードを裏側にひっくり返す。
「さて、今回のレースで一番大事になってくるのが…」
真っ白なボードの全面を使い、でかでかと五つの文字を書いていく。
「えっえっいきなりどうしたんすか」
「うわ凄い達筆」
最後の一文字を書き終え、やり切った表情でこちらを向く。
「はい、これですね。」
「熱意がすごい伝わりました」
ホワイトボードからはみ出さんばかりに書き下ろされた、『燃 費 最 重 要』。
「燃費最重要です。」
「言われなくても分かります。そんな書かれたら。」
『イヤイヤ』と手を体の前で振る二人。
「Fuel Mapは4から6を使ってください。それ以下はストレートでめちゃめちゃ離されるとかだったら随時相談をお願いします」
瀬名と正治はそれぞれ『了解』の返事をする。
「よーし。では気合入れ…の前に。」
「おっとっと?」
円陣を組もうとしたドライバー、そしてクルーが動きを止める。
「今日は瀬名くんの誕生日で~す!皆さん拍手を!」
拍手の中、円陣の真ん中に連れていかれた瀬名。
「ありがとうございます!昨日までは永遠の21歳、今日からは永遠の22歳で~す!」
「永遠じゃねえじゃん」
「よし、瀬名くんそのまま気合入れお願い」
拍手が鳴りやみ、瀬名がひと際大きな声を張り上げる。
「速さでも!」
『勝つ!』
「上手さでも!」
『勝つ!』
「全員で!」
『勝つ!!!』
「よっしゃ、行きましょう!!!」
『オォォォ!!!!!』
ピット全体が、震えたようにも感じられる。