保護者会
4月24日、開幕戦から一週間後。
電車に揺られて長い道のりを歩き、一軒の店へと向かう。
シトシトと雨がぱらつく中、片手に傘を。
もう片手はポケットへ突っ込み進んでいく。
「ここか。どうも久しぶりだから、道が分からなくて敵わん。歳かな」
そう呟いて傘を折りたたむのは、伏見家の親の方。
伏見稔。
「いやはや、遅れてしまって申し訳ない」
「気にしませんよ稔さん、俺らも今来たところですから。」
「子供たちは各自でやることがあるみたいですし、我々も楽しみましょう」
そこで待っていたのは、稔と歳の近い二人。
「最近は瀬名くんに良く遊んでもらってるようで…」
松田裕毅の叔父、松田優次。
「ウチの子も楽しんでますから。よく裕毅くんの話もしてますよ…あれ、崇斗さんのお子さんは今何されてるんでしたっけ」
「あの子、せっかくトヨタのモータースポーツ部に入ったのに『経営の方がおもろいわ』言うて部署異動しちゃったんですよ…着実に出世してますわ。」
小林可偉斗の父、小林崇斗。
「我々としては喜んでいいのかわかりませんね」
荷物を籠に置き、席についた稔の口元にも笑みが浮かぶ。
保護者たちによる会合が、都内の居酒屋にて開かれようとしている。
まずは一同、生ビールで乾杯をする。
「まずは瀬名くん、そして優次の開幕戦優勝めでたいね。」
「「どうもありがとうございます」」
三人の中で一番豪快にジョッキを空ける、崇斗が祝辞を述べた。
「もう来週には第二戦ですからね。私もそうですが、優次さんたちはハードスケジュールですねぇ」
「いえ、二週間もあれば充分ですよ。そう言えば今年の第二戦は5月1日でしたよね?」
「…?………あ、瀬名の誕生日か。」
ポンッと手を打つ稔に、ガクッと肩すかしを食らう二人。
「で…ですので、是非とも連勝で瀬名くんには嬉しい誕生日にしてあげたいと思っておりますよ。」
ずっこけた状態からぬるりと元の体勢に戻り、意気込みを語る。
「瀬名にも喝を入れておきます。…そういえば可偉斗くんのことはあまり耳にしないのですが…」
「あー、あの子は今仕事の方が忙しいみたいで…なにやら新事業をやろうとしているみたいですよ。詳しいことは社外秘で教えてもらえないけど、あと1年か2年後には実現するかなって言ってましたね。」
「おぉ…!楽しみですね。」
「全くです。わが子の初の大仕事、瀬名くんみたいに上手くやってくれることを祈ってます」
食事が続々と運ばれてきた。
「それにしても瀬名くん、僕から見ても本当に上手くやってると思いますよ」
「優次の言う通りです。初めて会った時とは見違えるようですよ」
稔はそれを聞いて、否定の意味を持つ手ぶりをしながらも嬉しそうににやける。
「瀬名自身の努力や才能ももちろんあります。けど、やっぱりお二方をはじめとする皆さんのご協力あってこそですよ」
スーパー耐久への参戦を提案したのは崇斗。
F4で一流になるまでに育てたのは稔。
そしてSUPER GTでの夢を与え、叶えさせたのは優次だ。
周りの仲間や大人たちの力も借りて、瀬名はさらに高みへと登っていこうとしている。
「ただ、熱くなると制御不能になるところは…稔さん、なんとかなりませんかね…?」
冗談めかして優次が言う。
「…善処しますよ。」
「ほら、その返答もそっくり。やっぱ親子ですね」
三人の笑い声がこだまする。
「さて、次戦はGT-Rの得意な富士です。我々としても、必ず勝たなければならないし、勝ちに行きます。」
「私も瀬名とは別に二人、わが子を抱えて富士に向かいます。SUPER GTのいい引き立て役になれるようなサポートレースを目指して。」
「優次も稔さんも、頑張って。俺も久々に家内でも誘って現地に行ってみましょうかね。」
崇斗はそう言うと、すっくと立ちあがり荷物をまとめ始める。
「崇斗先輩、料理来たばっかりですよ。」
「あ、そうじゃん。話がイイ感じにまとまっちゃったからもう解散かと思っちゃった」
頭を掻き、気まずそうに座りなおす。
「お腹減ってるの思い出しました。食べましょ食べましょ」
「せっかくの料理が冷めたらもったいないですからね。」
三人の元レーサーが集うこの居酒屋。
夜は深まっていくばかりだ。