闘士
正治にドライバー交代をしてから5周。
47周目。
「二番手のAMTとは5秒の差がついてるよ。」
『ピットクルー様々ですねぇ…』
「キミの腕があってのものでもあるがね。」
スーパーGT界の伝説、松田優次からの嬉しいお言葉に、正治は口元をにやけさせる。
「せっかく瀬名くんが作ってくれたアドバンテージだ。オレも先輩としてやることはやらんといかんのですよ…!!!」
闘士・桑島正治、出陣。
「尚貴、例のチーム立ち上げるって話、ドライバー2人揃いそうだぜ。」
「はい!?だいぶ藪から棒ですね」
2月。
正治のスーパーGT参戦に関わる契約が終わり、ひと段落したころ。
彼は旧知の仲であり、共にスーパー耐久で戦っていたライバルでもある長谷部尚貴と呑んでいた。
「適任が見つかったんだよ。オレたちには思い出深いあの子だ。」
「瀬名くんですか…。あの子がスーパーフォーミュラに乗るまでに成長したなんて、時の流れは早いものですね。」
正治がスマホに映した、富士24時間耐久の表彰台で撮った写真を見て、しみじみと思い耽る。
「では、私も今からおよそ1年、彼のためにできる最善を尽くします。未来あるドライバーをもっと、育てられるように。」
「資金の援助とか必要そうなら言えよ。オレ、あんま金使わないもんで有り余ってんだ」
「…本当に困ったら頼らせてもらいます。」
正治は店員を呼び、飲み物を注文する。
「ま、とにかく彼は今シーズン、オレのチームメイトだ。色々と話してみるよ」
「そういえばそうでしたね。では、よろしくお願いします。」
ジョッキになみなみ注がれたビールが2杯、運ばれてきた。
「乾杯。」
「カンパーイ。」
一口、二口とビールを口にし、今一度ジョッキをテーブルに置く。
「そう言えば、ドライバーは2人見つかったと言ってましたよね?もう一人は誰なんですか?」
「いや、名前は聞いてないが…」
「ではなぜ?」
「彼は…瀬名くんの弟子らしい。」
「今走ってる彼が!瀬名さんとS耐で死闘を繰り広げた桑島正治さんなんですよ!分かりましたか聡さん!!!」
「分かったって。元気だな裕毅くん…」
誰よりもテンション高く、誰よりも熱烈に応援をしているのは彼だろう。
今、日本に2人存在する天才の片翼。
一足先に大衆の目に触れた瀬名に続くように。
1年後、日本は松田裕毅を知ることになるだろう。
82周目、最終セクター。
正治は瀬名とはまた違った、落ち着いていて安定感のある走りでトップを守り抜いて見せた。
フィニッシュラインを通過したのを確認すると、瀬名は優次から無線を受け取って労いの言葉をかける。
「流石です、正治さん!本人の見た目からは想像もできないほど綺麗な走りでした!」
『ひと言多いんだよ!それはそれとして…勝ったぞ!!!オレと、キミでな!!!』
「やったーーー!!!」
そこらにいるピットクルーを無差別に巻き込み、最終的にはドデカい歓喜の輪を作る瀬名。
その横で、優次は目を潤ませていた。
「本当に…よくやってくれたな…。自分で走ってた時とはまた違った感動だ…。」
思えば監督としてのキャリアは順調とは言えなかった。
これが、監督・松田優次としての初勝利となった。
優次は未だ慣れないメガネを掛けなおし、瀬名主導の輪に混ざる。
楽しい時間の幕開けだ。