集中
瀬名は淡々とラップを刻む。
一周が終われば次の一周がまた始まる。
次第に緊張もほどけ、コースにも慣れてくる。
会場のボルテージ、彼のテンション、そしてラップタイム。
その全てが向上の一途をたどる。
15周が過ぎたころ、GT500のトップグループがGT300の最後尾に追いつき、周回遅れが発生する。
GT500のドライバーは随時オーバーテイクをしながら走行しなければならないため、ペースが落ちる。
瀬名たち後方組との差が、徐々に詰まっていく。
瀬名のミス直後は15秒ほどあった富岡との差が、GT300による渋滞の影響で10秒まで縮んだ。
『瀬名くん、いいペースだよ。良いペースなんだけど…当てないでね』
「Copy。善処します」
『善処かぁ…』
煮え切らない瀬名の返答に、頭を抱える優次。
18周目、瀬名がホームストレートに帰ってきた。
そのとき、瀬名の5秒前を走る5位から9位までの塊が崩れた。
多数の車両がレーシングスピードで走行したことによるタービュランスで、5位のマシンが姿勢を乱す。
それに連鎖するように後ろのマシンもフラフラとよろめき、接触。
ストレートエンドでの速度は250キロにも達していた。
当然、ただで済むはずもなく。
1コーナーで5台が絡む大クラッシュが発生してしまうことになった。
ドライバーは無事、そう分かれば瀬名にとっては思ってもみない展開である。
すぐにイエローフラッグが振られる。
そして…
『SC表示だ!セーフティーカーが出るぞ…!!!』
幸い、一度に5つポジションを上げた瀬名の前には大きな空白があった。
セーフティーカーが出るとするなら、このギャップが一気に消し飛ぶことになる。
『1コーナーの事故で27号車が5位に返り咲いた。我々のグループに追いついてくるぞ』
なんとまぁ…。
「やっぱり、持ってるね。」
彼は何かを持っている。
もう一度戦うことになるだろうな。
さぁ、楽しもうぜ。sennaさん…!
前が近づいてくる。
遠かった4位の背中が、瞬く間に眼前に迫る。
セーフティーカーを先頭に徐行していたトップ4台の後ろに、もう一台のマシンが到着した。
白とオレンジを基調としたカラーリングのそのマシン。
労せずして自らのミスを帳消しにしてきたあと、どんな戦いを見せるのか。
セーフティーカーがピットへ帰っていった。
レース再開。
ラウンド2の開始である。
訪れていた束の間の静寂はここまで。
唸るような轟音と共に、650馬力を発生するモンスターたちが解き放たれた。
瀬名は4位の後ろにピッタリとつき、必ずやってくるはずの好機を窺っていた。
車列はバックストレートに入る。
やはり瀬名のマシンはストレートに強く、4位との差が次第に詰まっていく。
「さっきの失敗で大体の感覚は分かってる。…ならば…!」
車列からマシンを横に振る。
1周目と全く同じシチュエーション。
「でも、2度は御免だぜ…!」
ブレーキングポイントが迫る。
「もう一度来る。よね…!」
1号車のバックミラーにもはっきりと、白とオレンジが映っていた。
「ここだッ!」
上位5台、全車が一斉にブレーキを開始する。
瀬名のブレーキの具合も今度は良いようで。
ギャリギャリと音を立てながらタイヤの奥が赤熱していく。
横からマシンを見れば、ホイールの内側でブレーキディスクが赤く染まっているのがわかるだろう。
瀬名のマシンはストレートのアドバンテージを武器に、1台、もう1台をゆっくりと追い抜いていく。
コーナーの進入で2台をオーバーテイク。
脱出重視のラインを取り、富岡へ続く最後の刺客の2位のマシンへも並びかける。
次なる左コーナーをアウト側で踏ん張り、まだ並ぶ。
並んだまま、いくつかのコーナーをクリアし、最終セクターに入っていく。
コースの最終コーナーまでは右コーナーが続く。
この状況ではイン側に陣取っている瀬名が有利になる道理だ。
じりじりと前に出ていく27号車。
最終コーナーを曲がり切る頃には完全に前に出る。
この時点で1号車のすぐ後ろ、バックミラーに一番大きく映るのは瀬名ということになる。
伏見瀬名、2位浮上。
「ハハッ。やっぱりただじゃ転ばないか…じゃあ私もそろそろ本気でやらないとマズいかな?」
富岡はピットへ向けて、一言メッセージを残す。
「ちょっと、ガチ集中します。無線返せません。ごめんなさい。」