瀬名とsenna
『お集まりいただき、ありがとうございます。この後14時から、いよいよ今シーズンのSUPER GTが開幕します!』
4月18日。
岡山国際サーキット。
SUPER GTの予選は既に終わり、決勝日の朝日が昇った。
サポートレースのF4のチェッカーフラッグが振られる。
今日の覇者は、瀬名に代わってStarTailに入った松田裕毅だった。
「あ!瀬名さーん!叔父さーん!!!」
F4の撤収作業が行われる中、ピットに入ってきたチームレンペルの一行を目ざとく見つけた裕毅が声を張り上げる。
「ナイスレース、裕毅。でもそろそろ行かないとじゃないのか?」
「瀬名さんに会えるかもと思ってギリギリまで粘ってみました!」
こちらに両手を広げて駆け寄ってきた裕毅を抱き留め、瀬名は苦笑する。
「連絡してくれりゃいつでも会いに行くってのに…」
「サーキットで会うのが良いんですよ!新しいレーシングスーツもよく似合ってますね!」
裕毅は片膝をついてカメラを構えるジェスチャーをしてみせた。
「おい、そろそろ本当に撤収しなさい。我々の準備ができないぞ。」
瀬名の横に立っていた優次が釘をさす。
「はーい。じゃあ瀬名さんも初陣、頑張ってくださいね!!!」
一瞬口をとがらせるものの、切り替えて瀬名から離れる。
裕毅は自チームの方へ走っていく間も、顔はこちらを向けて手を振っていた。
「ごめんな、瀬名くん。あいつは好きなものができると周りが見えなくなるタチなんだ。」
「まぁ、悪い気はしてないですよ。」
「だろうね。いい笑顔してるよ、気づいてないかもしれないけど」
その言葉に瀬名はハッとし、ニヤ付いていた口角を強引に下げる。
「しかし…暑いですね。」
「予報では最高気温26℃。路面温度は35℃を超えるかもしれないな。」
「タイヤの温存、気を付けないとですね」
気温が高ければ、タイヤの消耗は速くなる。
文字通り、タイヤが溶けてゆくからである。
「正治くんと合流してから詳しく話すけど、今日のレースは2スティントで行くよ。」
「ピットインは1回だけってことですか?」
「うん。そこでタイヤ交換とドライバー交代を行う。」
この岡山ラウンドは、比較的短い300キロの距離を走るレース。
ピットインは1回で事足りる。
「路面温度が高そうだから、今日はハードタイヤで走るよ。」
「うへー。コーナーの脱出とか慎重にいかなきゃなぁ…」
レースによっては、『タイヤコンパウンド』が複数種類用意されていることがある。
端的に言ってしまえば、タイヤの柔らかさが複数あるということになる。
例えばF1では、よくグリップするが消耗が早い『ソフト』、消耗しづらいがグリップが弱い『ハード』、両者の中間的な能力を持った『ミディアム』の三種類で戦う。
ちなみに、SUPER GTではタイヤコンパウンドに明確な名称はついていない。
様々な仕様のタイヤを持ち込めるが、事前に厳しい審査を通さなければならない。
優次は今回、手持ちの中では硬めのタイヤを使おうとしている。
それゆえ、相対的に『ハードタイヤ』と呼んだのだ。
「はい、それでは最終ミーティング始めます。」
優次はピットガレージ内でパチンと手を叩いた。
「正治くん、瀬名くん。体調は大丈夫?」
「「元気ピンピンです」」
綺麗にハモった二人を見て、思わず吹き出す優次。
咳ばらいをし、気を取り直してミーティングを再開する。
「コホン…では、今日は瀬名くんトップバッターで走ってもらいます。」
「「了解しました」」
「ンフフ…仲良しだね、二人とも」
「「同じコーンスープを飲んだ仲ですから」」
中々話が進まない。
今回のレースは300キロ、周回数にして82周を争う。
路面は完全ドライ。
初夏を感じさせる日照りが、じりじりと路面を温める。
最終的にレース開始時刻の13時半には、路面温度39℃を記録した。
多くのチームが2スティント作戦を選択。
そしてまた、硬めのタイヤコンパウンドを履くチームも多かった。
つまり、条件は五分。
およそ2時間で何が起こるかは、誰にもわからない。
前日にあった予選でポールポジションを獲得したのは、カーナンバー1。
前年度の覇者、チームAMT RCF。
「チームレンペルが今シーズンからドライバーを二人とも変更したらしい。」
「存じてます。ただ、そのドライバーの名前が引っかかってて…。」
自チーム、AMTのガレージで私は登録名とにらめっこしていた。
『桑島正治』
スーパー耐久で無類の強さ…。
私よりも年上だ。
実績もしっかりしている。
こちらは良いんだが…
『伏見瀬名』
21歳。(5月1日で22歳)
二年前の富士24時間耐久レースで優勝…。
F4で昨シーズンの年間チャンピオン…。
ここ数年で頭角を現してきた天才タイプかな…?
1つの可能性が私の頭の中に浮かんでくる。
「…これ、senna_0501さんじゃないの?」
彼が私の配信に顔を出さなくなっていたのはF4のオンシーズンの時期だった。
「普通にアイルトンセナのことが大好きな人かと思ってたけど、本名に誕生日をくっつけただけの非常に危険なハンドルネーム…?」
いや、でももう既に彼の名前は知っている人も多いみたいだし、過ぎた心配かな。
…彼らのスターティンググリッドは5番手。
上がってきてくれたら分かるんだよな。
瀬名がsennaなのか、否か。
彼の走りには相当なクセがあった。
むしろあのクセを抱えながら、私と対等にやり合えたのは尊敬に値するレベルだ。
恐らく彼は、PAD勢だったのだろう。
ブレーキの開度を0か、100かしか知らない。
ここより上の世界に行くつもりなら、それを直さないことには始まらない。
要するに彼は、根本的にペダル操作が雑なのだ。