GT500
カシュン…カシュン…。
ガガガッ…
キュイィィィン…!
「おい瀬名。そろそろ休憩したらどうだ?」
「いや、まだターゲットタイムを出せてない。」
「ポテチ食う?」
「食べる。あー…」
瀬名はハンドルを握ったまま大口を開ける。
そこに琢磨がポテトチップスを捻じ込む。
「それにしても、なんで鈴鹿なんだ?開幕戦は岡山だろ?」
「モグモグ…鈴鹿は、日本で一番デカくてムズいコースだ。でも、マシンの挙動を知るには丁度いい。ありとあらゆるコーナーが揃ってるからな。」
琢磨の家、彼が愛用する筐体のステアリングを荒々しく左右に切る。
「コース前半のS字、ほぼ直角のデグナー。ヘアピンカーブにスプーンカーブ。GT500のダウンフォースなら全開で曲がれる130R。」
「今現在、GT500マシンが鈴鹿で出すタイムは1980年代のF1に匹敵する。それにお前は乗るん…だよな。」
「どうやらそうらしい」
わんこそばのように次から次へと口に運ばれるポテトチップスを咀嚼しながら、瀬名は走り続ける。
「お前とこのゲームでここを走ってた頃が懐かしいよ。」
「今でも誘ってくれりゃあいいのに」
「できるか、そんな事。お前は今じゃSUPER GTドライバーだぞ?」
「でも家には入れてくれるんだな。」
マシンがコントロールラインを通過し、『ポーン』というタイム更新を示す音が鳴る。
「1分44秒131…。」
「リアルでもこのレベルで走れりゃ、間違いねえんだがな。」
ポリポリと頭を掻くと、瀬名はコックピットから降りる。
「ま、ここから這い上がった人が界隈のアタマ張ってるんだ。それに俺も場数は踏んできた。」
「前年度チャンピオンは富岡祐介さん有するチームAMT レクサスRCF…オレらゲーマーの星が、目の前に立ちはだかってくるんだな。」
カーナンバー1は、頂点の証。
「俺らが大学に入学したあの年、GT500に上がってきたあの人。今ではトップの地位を盤石のものにしている。」
「松田さんがいなくなったってのもあるだろうが、実力も超一流だ。」
瀬名は自らの手のひらと拳を合わせると。
「とにかく、先ずはゲーム界の伝説を狩る。そして俺がその位置に成り代わってやる。」
「ビッグマウスは変わってねえな。実力が伴うようになったのは良い変化だが…。」
「ひと言多いわ」
対する瀬名が今シーズンドライブするマシンはLEMPEL Technologies 日産GT-R。
松田優次が引退と同時に立ち上げたモータースポーツ専門の企業、レンぺルテクノロジーズ株式会社。
「GT-Rの戦闘力は一級品だ。特に直線は伸びるから、富士なんかは強いんじゃないかな。」
「松田さんの現役時には連覇もしてる。マシン性能は心配ないな。後はお前次第だぞ、瀬名。」
「ああ、分かってる。」
瀬名はモニターから目を離さず、静かに返答した。