これからのこと
F4選手権最終戦、およびSUPER GT最終戦が終了した。
その夜。
瀬名のスマホが鳴った。
小刻みに震えるスマホを手に取り、着信先の名前を確認する。
『松田優次』
瀬名は画面に映し出されたその名前を確認すると、緑の応答ボタンを押してスマホを耳に当てる。
『夜分遅くに申し訳ない。瀬名くんの電話で合ってるかな?』
「はい、瀬名です。お電話ありがとうございます。」
背筋を伸ばし、少々緊張した面持ちで返答する。
『素晴らしい走りだった。当初の予定通り、キミを来シーズンからわがチームのドライバーとして起用しようと思う。』
瀬名は小さくガッツポーズするが、あくまで平静を装う。
「ありがとうございます。では、契約やチームメイトとの顔合わせなどはいつごろになりますか?」
『年明けの1月8日あたりなんてどうかな?』
「問題ないです。」
瀬名は自室のカレンダーにチェックを入れる。
「あ、そういえば俺のチームメイトってどなたなんですか?名前教えてもらう事って…」
『それはナイショ。でも、キミもよく知ってる人だよ。』
優次はそれだけ言い残して、電話を切った。
スマホを机に置くと、瀬名は上を向き考える。
「俺の…よく知ってる人…?」
目を閉じて候補者を頭の中に並べていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「瀬名、入るぞ。」
「どうぞー」
酔った瀬名に代わって運転をしていたのは稔だった。
「酔いは醒めたか?」
「本当にすいませんでした」
瀬名は椅子から転げ落ち、稔の足元に這いつくばる。
「おい、土下座なんて滅多にするもんじゃない。少しはプライドを持て。」
しゃがみ込んで瀬名の頭をペシッと叩く。
「で、さっきの電話は松田さんか?」
「うん。契約とかもろもろの業務連絡だよ。」
瀬名は立ち上がると、椅子に座りなおす。
「さっき私のところにも連絡が来てな。来シーズンはお前の代わりに裕毅くんをウチに入れてくれないかとのことだった。」
「イイじゃん。裕毅が入れば二年連続の年間ランキング上位独占も間違いないぜ。」
「それはそうなんだが、本題はそこじゃないんだ。」
稔は頭を掻き、心配そうに言った。
「来シーズンが終わった後、松田さんは裕毅くんをスーパーフォーミュラに参戦させるつもりらしい。明らかにスピードレンジが違い過ぎる。」
スーパーフォーミュラは、この世に存在する全てのレーシングカーの中でF1の次に速いと言われている。
入門編と呼ばれるF4からのステップアップ先としては、いささか難易度が高すぎるのだ。
「そこでだ。急な話ではあるのだが、スーパーGTのGT500クラスで1年戦った後のお前を、裕毅くんの指導役として起用したい。お前の環境に適応する能力は、私も一目置いている。スーパーフォーミュラに乗せても持て余すことはないだろう。」
瀬名にとっては思ってもみない提案だった。
最終的な目標をF1に置いた今、スーパーフォーミュラへの参戦は最適と呼べる道だろう。
「もちろん、いいよ」
「え?あ、いいの?」
SUPER GTへの参戦が最終目標だとばかり思っていた稔は、少々肩すかしをくらう。
「裕毅とまた走れるなんて、最高じゃんか。」
予想外にノリノリな瀬名を不思議そうな目で見る稔。
「一応言っておくがスーパーフォーミュラは、今までお前が乗ってきたマシンやこれから乗るGT500よりもはるかに速く、危険なマシンだ。」
稔は部屋の扉に手をかけ、外へ出ていく。
「くれぐれも、気を付けろよ。」
すぐにタンタンと階段を降りていく音が聞こえてきた。
「腹減ってないか、瀬名。夜食作ってやるぞ」
その声につられて、瀬名も部屋から出ていくのだった。
第三章・完