謎の青年
実際にレースを見に行くと分かることなのだが、現地で観戦するとコースの全体を見られるわけではないため、レースの展開が分かりづらいことがある。
そのためにレース会場には爆音のエンジン音に負けないほど強力なスピーカーから実況音声が流されるほか、グランドスタンド前方には巨大なビジョンにレースの映像が流される。
『さあ、各車が1コーナーへ突っ込んでいく!!!…あーっと!!!カーナンバー1番、前年度の覇者がいきなりコースアウト!順位を大幅に落とします!!!』
「マジか。荒れてるな」
「これ今シーズンはどうなるか分からんぞ」
通常、前年度の年間チャンピオンはGT500クラスは1番を、GT300クラスは0番を付ける。
『トップに立ったのはカーナンバー90のルーキー、富岡祐介だ!!』
前年度後半からGT300に、今年度はGT500に参戦している富岡が、トップへ浮上する。
「マジか!!富岡さん頑張れ!!!」
e-sportの世界大会で優勝後、弱冠22歳でプロデビューを果たした富岡。
これから彼はどんな道を歩むのか。
GT500のデビュー戦であるこのレースに全てが懸かっている。
レースが進み、スタート後特有の混乱が落ち着いたころ。
瀬名たちはグランドスタンドを離れ、他の観戦エリアへ移動しようとしていた。
「ごめん、ちょっと俺お花摘んでくるわ」
「なんでちょっと綺麗に言ったん」
瀬名は一旦琢磨と別れ、グランドスタンド脇にあるトイレに向かった。
中に入ると、見覚えのある人影が見えた。
「…あれ?さっきぶりだね?」
先ほど迷子の瀬名たちを助けてくれた青年だった。
「さきほどはどーもお世話になり散らかしました」
完璧な最敬礼とは裏腹に言葉は死ぬほどフランクである。
「いいのいいの。僕もこっちに向かう途中だったからね。」
相変わらず素敵な笑顔で話す青年。
「そうだ。僕これから別の場所でレース見ようかと思ってたんだけど、一緒にどう?もちろんさっきのお友達も一緒に。」
「丁度俺らも移動しようと思ってたとこっす!ご一緒させてください!!」
頭を下げ過ぎてもはや床と喋っている瀬名だが、青年は気にしていなさそうだ。
「良かったよ。キミたちが自由に動き回ったら割と冗談抜きでコース内に入ってレースに乱入しかねないからね。」
青年は苦笑を浮かべながらそう言う。
「面目ないっす!!!」
全くそんなことは思っていなさそうな瀬名であった。
「はい、この辺が第2コーナーの観客席だね。」
「「ご案内ありがとうございます!!!」」
相変わらずバカデカい声でお礼を言う二人。
「僕もしばらくここで見るから、移動するときは言ってよ。迷子になられても困るし」
「なんでお兄さんはそこまでオレらに良くしてくれるんですか?」
「うーん…なんとなく?」
この青年は嘘が下手である。
ただし二人の方向音痴は地図を見る能力だけでなく人の感情を読み取る力も鈍いようだ。
「せめてお名前を教えてください!地元も近いみたいですし仲良くしましょうよ!」
「仲良くはこれからできるよ。名前は…今教えない方が面白いかな。」
青年は少し意地悪な笑みを浮かべると、手元のスマホに目を移した。
「ごめん、電話かかってきた。ちょっと離席するね」
そう言って青年は席を外した。
『よう。元気か?』
「おかげさまで。そちらも元気そうで良かったです。」
『そりゃ何よりだな。そうだ。例の二人の子守り、頼んだぞ』
「ちゃんとやってますよ。みんなで集まるのが今から楽しみですね。」
『ああ。いつから来れるんだ?』
「もう明日からは顔出す予定ですよ。」
『OK。楽しみにしてるぞ』
プツリと電話が切れ、青年のスマホにトーク画面が映し出される。
その上部には、『小林可偉斗』の名前が表示されていた。
「お待たせ~、レースはどうなって…」
『トップが変わります!!カーナンバー68、松田優次が綺麗に抜いていきました!まだまだルーキーには負けないという気概を感じます!!!』
「御覧の通りっすよ。やっぱ松田さん強いな…」
「日産勢の絶対的エース、大ベテランだけど衰えを知らない感じだな」
レースはこの後、松田が所属するチームのペースで進んで行くこととなる。
富岡のチームの90号車はピットでのミスもあり、最終的には5位でのフィニッシュ。
ルーキーとしては上々の成績だが、本人にとっては悔しいレースとなったに違いない。




