トレイン
中団に、動きがあった。
2台のマシンが、列をなして異常なまでのスピードで追い上げてくる。
2台はチームメイトではない。
しかし、よく統率の取れた動きで上位に襲い掛かる。
速い、とにかく速い。
その2台はほとんど離れないまま、順位を一つ、また一つと上げてゆく。
レースは最終番。12周目に入る。
先頭の中島聡は2位に4.3秒の差をつけ、独走態勢に入っている。
中団から這い上がってきたトレインは、既に4位を喰っていた。
トップとの差は6秒の所まで来ている。
あと1台で、中島聡への勝負権を手にすることになる。
3位が近づく。
「オイオイ…とんでもないことになってるぞ…」
VIP席で足を組みながら見ていた琢磨も、思わず背筋が伸びる。
サイドテーブルに置かれたシャンパンは、もはや忘れ去られていた。
その目線の先、最終コーナーを立ち上がってくる3位のマシンと、それにビタビタで張り付いてくる瀬名と裕毅。
3位のスリップストリームに入り、加速した2台はホームストレートで勝負に出る。
ファイナルラップに入る。
示し合わせたかのように同時に、それぞれ右と左にマシンを振った。
3位のマシンとのスピード差は明確であり、2台がゆっくりと前に出ていく。
左右から挟み込むようにオーバーテイク。
一瞬三台横並びの状態になるが、安全に追い抜いて1コーナーへと突っ込んでいく。
「ここまで戻ってこれた…」
その呟きは、どちらが発したものか。
あるいは、両者かも知れない。
瀬名、2位。裕毅、3位。
瀬名はこのポジションを守り切れば、ポイントランキングでの優位性を得ることができる。
明日勝てば、シリーズチャンピオンになれるのだ。
「瀬名さん、ここまで連れてきてくださってありがとうございます。」
でも。
「ごめんなさい。」
バックストレート後のコーナーへの突っ込み。
瀬名が陣取っていたのはアウト側だった。
裕毅はブレーキングを遅らせる。
ほぼ横並びだった車体同士が、軽く接触。
ほんの少しだが、瀬名は車体のふらつきを感じて修正舵を入れる。
その間にイン側にノーズを捻じ込む裕毅。
「お前…そういうことするか…!つくづく面白れェ男だ!!!」
瀬名もいかせまいとインを閉める、閉める。
裕毅のマシンは行き場をなくし、イン側のタイヤがコース外に押し出される。
右側にあるタイヤ2つがグラベルに落ち、真っ黒だったタイヤが砂の白に染まる。
「ぐっ…瀬名さん…!!!」
2台は並んだまま、最終コーナーへ向かっていく。
「これが俺の…」
「ボクの…」
横並びのまま、ホームストレートへ。
「「実力だァァァッ!!!」」
チェッカーフラッグが振られた。
レースが終わったのだ。
両者は横並びでゴール。
レース結果はすぐには開示されなかった。
それだけ、ギリギリの勝負だったということだ。
「「どっちだ!?」」
千分の5秒差で裕毅が前。
瀬名の3位が確定した。
この時点で年間のポイントランキングは中島聡が逆転1位の263ポイントに。
瀬名は3位を獲ったことで、暫定2位の255ポイント。
瀬名が年間チャンピオンを取るためには、明日の最終戦で1位を獲るのは大前提として、さらに聡が3位以下でないといけない。
厳しい条件ではあるが、瀬名はまだ諦めてはいなかった。
今日の追い上げは凄まじいものであったし、まだ希望は残っている。
レースが終わったため、ピットと無線が繋がる。
そこから聞こえてきたのは、稔の声だった。
『よく走った。すごいぞ、瀬名。』