闘争心
「やっちまったなぁ、こりゃ…」
ホームストレート、グランドスタンドの頭上。
コントロールライン付近を広く見渡せるVIP席。
飲みかけのシャンパンをサイドテーブルに置き、身体を前に倒してコースを見つめる。
「レースはたった13周。30秒近いトップとのギャップ。」
身体を起こし、腕を組む。
「どこまでやれる?見せてくれよ、お前の力をさ。」
目線の先のコントロールラインを、トップの松田裕毅が通過していった。
裕毅がトップで二周目に入った。
だが、ペース自体はあまり速くない。
現在瀬名と裕毅のギャップは25秒。
裕毅がコントロールラインを通過した時、瀬名はバックストレートに差し掛かろうとしていた。
簡単な話だ。
裕毅よりも1周あたり2秒、速く走ればいい。
「ああ、簡単だね。トップ2が超一流というところに目をつぶればな!!!」
瀬名は大きく独り言を叫ぶ。
ポイントランキングでトップに立つにはこのレース、最低でも3位は取っておきたい。
2位の聡までの距離はおよそ19.8秒。
上位グループでは一周目、かなりの順位変動が見られた。
それに応じてペースが落ちている。
単独走行している瀬名は、3位のドライバーよりも一周あたり2.9秒ほど速いペースで走れていた。
しかし、忘れてはならないのは瀬名は現在28番手。
最後尾からの追い上げとなる。
オーバーテイクの手間を考えると、そう簡単にはいかないだろう。
「おし、27番手を捉えた。」
スリップストリーム圏内に入り、マシンが加速する。
ここ、モビリティリゾートもてぎの特徴として、低速コーナーを長めのストレートで繋いだストップアンドゴーサーキットだという事が挙げられる。
低速コーナーへの進入ではブレーキングでのオーバーテイクが成立しやすい。
二周目のバックストレート、瀬名が27番手に仕掛ける。
「皆さん、お待ちかね。」
ハンドルを右に切り、インに飛び込む。
「伏見瀬名による、オーバーテイクショーのお時間だァ…!」
明らかに裕毅くんのペースが上がっていない…。
後ろとの差も中々つかない。
嫌な状況だぜ…。
窮屈で仕方がない。
…1コーナー、勝負してみるか。
トップグループに動きがあった。
ホームストレートの終わり、1コーナーで中島聡が仕掛ける。
「…ッ!」
瀬名さんのマシントラブルで動揺していたボクは、すぐ後ろに聡さんがいることをすっかり忘れていた。
マシンのノーズが、イン側にぬるりと入ってくる。
マズい、今からインを閉めたんじゃ間に合わない!
1コーナーと2コーナーは共に右曲がり。
インとアウトが逆転することもない。
ゆっくりと、しかし確実に聡さんのマシンが前に出ていく。
その瞬間、ボクは違和感に気づいた。
まだ、終わってない。
もう一台飛び込んできている…!
3位のマシンもボクのイン側に捻じ込んできていた。
「ウソ…でしょ…!そんなんじゃ、捌ききれない…!!!」
結局ボクは、1、2コーナーの優位性を明け渡すしかなかった。
「次のコーナー、仕掛けられるな。」
瀬名の快進撃が止まらない。
まるで別クラスのマシンに乗っているかのように、下位グループのマシンをひらりひらりと躱していく。
「次で…13?12?もう数えてねーから分かんねえや。」
6周目に入る頃には、総勢の半数をオーバーテイク完了。
『速すぎ、速すぎ、これは速すぎ!』
場内実況も言葉を失っている。
「オイオイ、レースゲーム特有の弱いAI相手に戦ってるみたいじゃねえか。どうした?もっと抵抗してくれよ」
10位に浮上する。
目の前が、いきなり晴れた。
9位のマシンは豆粒程度にしか見えない。
時間にして、5秒前後のギャップがある。
「流石、順位一桁の連中は格が違うって訳か。…そうこなくっちゃね。」
瀬名は1コーナーの立ち上がり、荒くアクセルを踏みつける。
「フォーミュラマシンとは言っても100馬力そこそこ。慣れりゃどうってことねェな!!!」
ここまで12回レースを戦っている。
その初めから終わりまで、常にトップグループを走り続けてきた瀬名にとっては、もはや自分の手足のように扱えるマシンだ。
「ほれ、追いついたぞ…!どっちに寄せる?インか、アウトか?」
9番手に揺さぶりをかける。
「残念、そっちはハズレだよ。」
イチかバチかアウト側に寄った相手の内側をズバッとつき、9番手浮上。
楽な仕事だ、と息を吐く。
「さて、次の相手は…ッ!?」
前を行く8番手のマシンは見覚えがあった。
「裕毅!?なぜそこにいる…!」
あぁ…また抜かれてしまった…。
もう、ボク駄目かもしれない…。
サイドミラーをチラと見る。
また一台、近づいてくる。
抜かれるのか。
これ以上、下の順位になってしまうのか。
ミラーに映ったマシンは流れ星のロゴを纏ったチームStarTailのマシン。
ナンバーは13で…。
…13?
「え!?!?!?」
そのヒトは、ボクの横に並びかけるとこちらを向く。
身振り手振りで『ついてこい』と伝えてきた。
「…瀬名さん、やっぱりあなたはすごいです。」
ボクの闘争心を、一瞬にして蘇らせてくれたのだから…!