浅草
「電車の時間とか大丈夫ですか?」
「大丈夫。一本逃しちゃっても2分で来るから。」
「…。」
無言で白目をむく裕毅。
彼の意識が戻るのに5秒を要した。
レース中なら致命的である。
「本当は地下鉄とかも使った方が早いんだろうけどな。流石にオレも複雑すぎてわからん」
東京の地下は穴だらけ。
蜘蛛の巣だかアリの巣だか分からないが、とにかく複雑に線路が通っている。
「ってか、裕毅は本当に東京来たことないのな。東京モーターショーとかも経験ない感じ?」
「モーターショーってあんまり興味惹かれないんですよね~…ボク、走るのが好きなだけなので」
「あー、その気持ちもわかる気はするわ。」
その会話を、横から『マジかお前ら』とでも言いたげに見つめる聡。
「モーターショーは各メーカーの最先端の技術を恐れ多くもオレたち一般人が体験できるイベントだぞ…!?毎年欠かさず行ってるわ。」
「あー、そういう人もいますネー」
「瀬名さん、返しが適当すぎます」
『まもなく、2番線に東京・上野方面行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックまでお下がりください。』
本当にホームに入るとすぐに、アナウンスが聞こえてきた。
しばらく電車に揺られ、上野駅に着いた一行は浅草へ。
ゆっくりと周りを見ながら歩を進めていく。
「あ!あれスカイツリーじゃないですか!?」
「お、ホントじゃん。やっぱでけーな」
初めての生スカイツリーにはしゃぐ裕毅と、それを微笑ましく見守る二人。
「あ、そこ左。もうすぐで見えてくるはずだ」
「何がですか?」
目線の奥に、小さく赤いちょうちんが見える。
「東京のシンボル、雷門だよ」
雷門をくぐり、仲見世通りに入る。
ここで買い物を楽しむのも東京観光での醍醐味だろう。
6月の平日である。
人通りはそこまで多くなく、ゆったりと歩くことができる。
「なにか両親にも買っていきたいのですが…おすすめとかありますか?」
仲見世のずらっと並んだ店舗群。
その一つ一つをじっくりと見ていたら日が暮れてしまいそうだ。
「叔父さんには買っていかなくていいのかい?」
「アッ!!!忘れてました!!!」
本当に素で忘れていた裕毅に、二人は思わず吹き出す。
「オススメかぁ…人形焼きとかどう?」
「それはどんなものなんですか?」
「中にあんこが入ったお菓子だね。小学校の遠足でここに来た時に買って、美味かったからなぁ…」
しみじみと目を閉じて思い出に浸る瀬名。
「それなら雷おこしも良いぞ。サクサクした食感の米菓だ。」
裕毅は二人の言葉を聞き、顎に手を当て考える。
ひとしきりうなった後、手をパチンと叩き。
「両方買います!瀬名さんにプレゼント貰って、お金浮いたので!」
「それが良いよ。」
「じゃ、行くか。」
買い物を済ませた三人は、仲見世通りの奥へと歩みを進めていく。
そこに待っているのは、浅草寺・本堂。
「せっかくだからお参りしていくだろ?」
「もちっす。」
「はい!」
一行がまず向かったのは常香炉。
線香を一人一束購入し、香炉にあげる。
その線香からでた煙を浴びると、浴びた箇所が良くなると言われている。
「瀬名、お前頭に浴びとけよ。」
「お、ケンカっすか?受けて立ちますよ」
「お二人とも!ここ境内!ここ、境内!!!」
ファイティングポーズをとる瀬名を後ろから抱き留める裕毅。
「ほ…ほら、おみくじありますよ!引いときましょ!」
後ろから抱きついたまま、ズルズルとおみくじのある方へ引きずっていく。
代金の100円を払い、いざ引いてみる。
「俺中吉だったわ。願望は叶うけど怪我や事故に注意…ちょっと怖いな」
「ボクも瀬名さんと全く同じこと書いてあります。おそろっちですね」
『いえーい』と拳を合わせる二人。
と、1人だけ下を向いて浮かない顔の聡。
「…凶。夢も叶わなけりゃ怪我もする…最大限の努力をすべし…。」
気まずい沈黙が流れる。
「…大丈夫ですよ!あんま真に受けるもんじゃないっすから!!!」
「ここのおみくじ凶出やすいらしいですから!ほら、括り付けに行きましょ!」
凶のおみくじは境内にあるおみくじ掛けに結ぶのだ。
聡は負のオーラを醸し出しながら、おみくじ掛けに向かった。
さて、いよいよ本堂にお参りである。
各人、賽銭を入れて思い思いの願いを込めた。
「なあ裕毅、なんて願ったんだ?」
「ヒミツです。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら嬉しそうに突き返した。
「あ、そうだ。お守り買って行っていいですか?」
「おう、いいよ。オレも買ってくか。」
本堂横にあるお守り売り場に並ぶ二人を、瀬名は後ろで足を止めて見守る。
「あれ?瀬名さんは買わないんですか?」
「ん?あー…」
瀬名は空を一度見上げたあと、裕毅に目線を戻す。
「あいにく、めっちゃ良いお守り持ってんだよね。」
鞄に付けた紅いお守りが、ひらりと踊った。