銀座
少し早めの夏休みに入った瀬名たち。
やかましく鳴る目覚まし時計を止め、目をこすりながら体を起こす。
「やべ、今何時だ?」
9時15分。
「本格的にマズいかもしれない」
枕元に置いたスマホを確認する。
『中島聡から3件の不在着信』
「ダラダラしてる場合じゃねえ!!!」
瀬名は残像が残る勢いで飛び起き、全力で階段を駆け下りる。
もはや顔を濡らす程度、気持ちばかりの洗顔をして乱暴に櫛を手に取る。
「マジでなんでこういう時に限って寝癖がひどいんだ…もういっそのこと坊主にしてやろうか!?」
懸命に髪を整えようとするが、ピヨンピヨンと元に戻るばかり。
「こうなりゃ最終奥義だァ!」
瀬名は服を脱ぎ捨て、隣の風呂場に飛び込んだ。
シャワーのツマミを捻る。
「水じゃねえか!!!」
いきなりやったらそうなるのは当たり前である。
ブルブルと身震いをし、満身創痍でタオルを手に取る。
頭をゴシゴシとタオルドライしていると、スマホが震えだした。
「ハイ!ごめんなさい!!!」
『あ、やっと出た。お前今どこだよ』
「五分前に起きたとこです!」
電話越しにも大きなため息が聞こえてきた。
『まあいいわ。今裕毅くんと飯食ってるから、出来るだけ早く来いよ。』
その言葉に続いて、解読できない裕毅の声が小さく聞こえた。
『裕毅くん、お前の顔見たいってよ。ビデオオンにしてもいいか?』
「スイマセン、いま全裸っす」
『どういうことなの…』
「ホントにごめんなさい、目覚ましの設定ミスってました」
「心配しましたよ~。無事でよかったです」
「裕毅くん、コイツこういう事よくあるから心配せんでいいぞ」
異様に距離が近い裕毅、呆れ気味の聡。
「で、これからどこ行くんでしたっけ」
「銀座。その後は上野経由で浅草だな」
「はい!東京観光楽しみです!」
松田裕毅は山梨・大月在住。
都心に来るのは初めてだとか。
今日は気合を入れて、始発の中央本線で東京駅に到着した。
瀬名はあれからすぐの電車で都心に向かったが、結局全員が顔を合わせたのは11時を過ぎてからになった。
「それにしても…」
裕毅は瀬名の爪先から頭頂までを見回して。
「瀬名さん、私服だと結構印象変わりますね。」
瀬名の今の服装は、襟付きの黒いシャツに、ダボっとしたカーゴパンツ。
ネックレスと薄い茶色のサングラスをした、いわゆる最近流行りのコーデ。
「そう?カッコいいでしょこれ」
クルクルと目の前で回って見せる。
「めっちゃカッコいいです!まあでも素材が良いからですよね!」
「イイこと言うじゃ~ん。よしジュースを奢ってあげよう」
「親戚のオッサンかお前は」
ゴソゴソと大きなポケットから財布を取り出そうとした瀬名の手をペシッとはたく。
「よし、じゃあ行くぞ。」
「裕毅、迷子にならないようについてこいよ。」
「ハイ!…23番線って…どゆことですか…?」
11時23分、有楽町駅。
「待って、歩道広すぎないですか???ここ車道ではないですよね?」
「そういうもんなのよ…うお、ウラカンいる…」
「銀座にはスーパーカー多いからな…って、C1コルベット…!クラシックカーもいるのか…!」
三者三様の驚きを生む、日本有数の繁華街・銀座。
「あそこからポルシェ、ポルシェ、一つ飛ばしてランボルギーニ。」
「飛ばされたクルマかわいそう」
そんな会話をしながら、三人はとある場所に歩を進めていた。
「…ここだ。NISSAN CROSSING。」
銀座五丁目のランドマーク的な存在であるこの場所。
普段は数台の車両の展示、そして併設されたカフェの営業を行っている。
しかし、三人が今日訪れたのには別の理由がある。
エスカレーターで二階に上がると、見えてきたのは。
「うお~…これはまた…」
「モニターでっか」
超巨大なモニターと、日産が参戦しているフォーミュラEの形を模したシミュレーター。
「さあ、やろうぜ。」
「負けませんよぉ?」
彼らはどこまでもレーサーなのだ。
走るのが好きでたまらなく、休みでも好き好んでシミュレーターをやりに行ってしまうのだ。
シミュレーター体験コーナーの内容としては、決められたコースを五分間タイムアタックし、そのベストタイムを競うというものだった。
過去にここへ来た人たちが出した、現在のトップタイムは58秒652。
「瀬名さん、目標は?」
「こちとらプロだぞ。1位に決まってるじゃろ…!」
瀬名はステアリングを握り締め、アクセルを開けた。
「いや、58秒出した人ヤバいって。1分ジャストで精一杯だもん」
ひとしきり遊んだ一行は、横にあるカフェでお茶をしながら談笑する。
「たまに異様に上手い人いますよ。コース覚えてたらまた違うかもしれませんしね」
「それなー。俺毎日ここ通おうかな」
「交通費で財布大打撃だぞ」
何気なく、聡はスマホの画面に目をやる。
「うわ。もう2時半だわ…そろそろ行かんと遅くなっちまうぞ」
「マジですやん。じゃあ荷物まとめますか…裕毅~、行くぞー?」
レジの横にあるガラスショーケースに夢中の裕毅に声をかける。
裕毅はこちらを振り向くと、なにやら瀬名に手招きをする。
「瀬名さん、これ見てください!」
裕毅が指さす先には、日産の連結子会社であるニスモのキーホルダーが。
「これ、めっちゃカッコよくないですか?ちょっと高いけど…」
「おう、欲しいなら買ってやるよ?」
軽く言う瀬名。
「えぇ!そんな、悪いですよ」
「裕毅、お前誕生日いつだ?」
「え、10月の11日ですけど…」
それを聞いた瀬名は、少し頭を捻って考えると。
「うん!ちょっと早いけど誕生日プレゼントだ!よし!」
「よしじゃないですよ!」
「うるせえ!すいません、これくださ~い」
半ば強引に会計を済ませ、裕毅にキーホルダーを渡す。
「はいよ。欲しいもんは欲しいときにゲットしておけ、手段は問わずな。…法の許す範囲で。」
カッコよく渡そうとするも、よくわからないセリフになってしまった。
でも、そんなことはお構いなしに裕毅は笑顔を見せる。
「…ありがとうございます。大事にします。」
瀬名は裕毅の頭を撫でると、聡と合流して店を後にした。