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買いかぶり

「やっぱり瀬名さんはすごいです。」


「何言ってるんだ?俺コテンパンにやられちゃったんだけど…」


レース後、ロッカールームで会った二人。

勝利したとしても、裕毅の憧れの眼差しは消えていなかった。


「後ろにいても存在感は消えてませんでしたし、なにより凄いのは少しでも隙を見せたら飛び込んできそうな闘争心でした。」


「でも、俺は5秒も後ろにいたんだぜ?」


「だと、してもです。一瞬のうちに横に並ばれてもおかしくないと思って走りましたもん」


瀬名にとってその言葉はお世辞としか受け取ることができなかった。

しかし、その言葉を放った本人としては大真面目で話しているのである。


「少なくとも、何か強大な力を感じました。明日は勝てないと思いますよ」


「はいはい、謙遜はそこまでにしておけ。明日も早いんだから、ゆっくりホテルで休めよ。」


話しながら着替え終わった二人。

瀬名は裕毅の頭をワシワシと撫で、ロッカールームの出口へと誘導する。


「はい!明日もついていけるように頑張ります!」


「だから俺負けてんだっての…」


瀬名は裕毅と別れ、ピット内を歩く。

自チームのガレージを横切った時、荷物をまとめている聡と出会った。


「よう。どうだ?初めての後輩ができた感想は?」


「なにがなんだかですよ。俺のファンを名乗るただの天才です」


瀬名は両掌を天に向け、やれやれと首を振る。


「天才…天才ねぇ。」


聡は近くにあった椅子に座り、下を向いて呟く。


「オレも昔は天才って呼ばれてたんだよ。京一やお前が出てきて変わっちまったがな。」


拳を握り、目線をそちらの方に移す。


「まぁ、いくら天才と言われたとしてもオレたちは同じ人間なんだ。そして…」


「そして?」


「人間は脆い。もしお前が少しでもアイツを伸ばしてやりたいと思っているなら、気を遣って接してやれ。」


聡は立ち上がり、瀬名の頭に手をポンと乗せる。


「それが、先輩のやるべきことだ。」


瀬名は己の肩に、少し重みを感じた。


重圧、責任。

自分のレースで感じるそれとは、また違った種類のものである。


形のない存在ではあるが、質量を持った概念だ。


「先に戻ってる。荷物はそっちに置いてあるからな。」


聡は肩に鞄を掛けると、ドアを開けて去っていった。

一人ぽつんと残された瀬名は、呆然と立ちすくみ考え込む。


「裕毅…。」


口をついて彼の名前を呼んだ。


「なんですか?」


「わァ!!!ビックリした、いつから居たんだよ…」


知らないうちに背後に立っていた裕毅に、驚いた瀬名は思わず飛び退く。


「今来たところです!せっかくですから、お食事でもご一緒にどうかな~と思いまして!」


時刻は12時を少し回ったころ。お昼時である。

そう言えば腹が減っていたな、と思い出した。


「良いよ。奢ったるわ」


「いいえ!流石に自分の分は払います!!!」


瀬名は元気がいいな、と苦笑した。





富士スピードウェイの中盤、アドバンコーナー脇にある小高い丘。


その頂に位置しているレストラン、CRANE(クレイン) Garden(ガーデン)


今日のメインイベントであるスーパーGTのレースイベントを見ながら、ひっそりと食事をする二人のF4ドライバーがいた。


「こんなにすんなりと席に着けるなんて思いませんでしたよ。」


「所詮俺たちは勝ってるとはいえ、F4の新入りドライバーだからな。裕毅みたいなガチファンなんて他にはいないんだよ」


「ならもっと瀬名さんの魅力をみんなに知らしめないと…いや、でもそれだとボクがファンサを独占できなくなっちゃうな…」


苦悶の表情で頭を抱え始めた裕毅に対し、ここまでくると若干引き気味の瀬名。

もちろん、嬉しくはあるのだが。


「なあ、なんでそこまで俺を好きでいてくれてるんだ?」


率直な疑問をぶつけてみる。


「あ、それ聞いちゃいます?長くなりますよ?」


「じ、じゃあ一部だけ聞こう…かなぁ…。」


返答をYESと判断した裕毅は、息を吸う。


「まずS耐に初参戦で優勝をかっさらっていったのはもちろんのこと、雨の中で速いというのがすごくカッコいいです。尊敬します。しかもチームは自動車部の皆さんらしいじゃないですか。その中で学年も一番下なのにエースを張っていて、圧倒的な速さでチームを支えている。すごいです。あと、なんといってもバトル中の咄嗟の機転ですよね。SUGOでのオーバーテイクも、富士でのスリーワイドのシーンも何度も何度も見返してます。あのシーンを見るとボクも走るモチベーションが上がってくるんですよ。でも何よりもすごいなと思うのは…」


瀬名は目を閉じ、耳から流れ込んでくる情報を処理するのでいっぱいいっぱいになっている。


「会って話した時にもっと好きにさせてくれる、その人柄だと思います。」


その言葉に、瀬名は目を見開く。


「前にお世話になった先輩にもそんなこと言われた気がするな。『お前の良さは人柄だ』って。」


瀬名の人を惹きつける内面は、老若男女問わず効果を発揮するようだ。


「もしかするとそれは今後上のステージで戦っていく際に、大きなアドバンテージとなるかもしれませんよ。例えば…F1ドライバーとなって海外で活躍するときとか」


「F1!?それは流石に買いかぶりすぎだって~…」


そう言いつつも、まんざらでも無さげな瀬名。


「冗談ではないですよ?異国の地で活躍するには、性格が良くないと…って叔父も言ってました」


裕毅の言葉を受けて、少し真剣に考えてみる。

彼の言葉は、瀬名の目標のスケールを1段階、あるいは2段階ほど上のものへと変えていくことになる。


瀬名の心境に、確かな変化が生まれ始めた。


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― 新着の感想 ―
純粋に自分に憧れて慕ってくれる後輩……すっごく可愛いですよね(笑) でも、裕毅くんだってすごい才能の塊で……これは聡さんがなれなかった「瀬名くんのライバル」に裕毅くんがなってくれそうな予感もある!!
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