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ファン

レース後のピット奥でのミーティング。

けろっとした表情の瀬名と対照的に、憔悴しきった様子の聡。


解散した後、聡は瀬名に問いかける。


「なあ、お前に好敵手(ライバル)と呼べる者はいるのか?」


瀬名は少し俯き、考える。


「オレに気を使う必要はない。本当のことを言ってくれ。」


聡は無礼講を宣言する。


「お前にとって、オレではその地位に上れそうもない。少なくともオレはそう思っている。」


その言葉を受けて瀬名は、少し困ったように頬を掻いて。


()()いません。でも、いつか現れてくれたらいいなぁ、と思っています。」


「そうか。…なあ瀬名。」


「はい?」


「お前は誰とレースをしている?」


マシンに乗って、実際に戦う事のみがレースではない。


「そうですね…」


もっと抽象的な、概念のような質問である。


「強いて言えば、(最速)と。」







帰り道、瀬名のスマホに一件のメッセージが届いていた。

送り主は、小林可偉斗だった。


『松田さんがお前に会いたいって言ってる。紹介したい人がいるそうだ。』


瀬名はカーナビの目的地を変え、あの居酒屋に向かった。

今日は飲めないが、仕方あるまい。


のれんをくぐり店内に入ると、そこには松田優次と見慣れない男性…というよりは男の子が座っていた。

小柄で、瀬名よりも明らかに年下に見える。


「おう、瀬名くん。よく来てくれた。」


「お疲れ様です…って小林家のお二人はいないんですか?」


オロオロと困惑しながら対面の席に座る瀬名。


「今日はちょっと事情が特殊でね。…この子は人見知りなんだ。」


そう言って横に座り、俯いている少年の肩にポンと手を置く。


裕毅(ゆうき)、挨拶しなさい?」


裕毅と呼ばれたその少年は瀬名の方をチラと見ると、蚊の鳴くようなか細い声で。


「…松田裕毅です。…よろしくお願いします。」


「これはどうも。伏見瀬名です。松田さん、確認なんですけどこの子はおいくつで?」


「あ、えと…16歳です…!瀬名さん、ボクあなたのファンで…」


口を開きかけた優次を押しのけ、裕毅は話し出す。

その声量は、先ほどよりも少し大きくなっている。


「え?あ、ん?ファン?俺の?」


瀬名は己を指さし、幾度も首をひねる。

その様子を見ていた優次は耐えきれず吹き出し、笑いながら説明をする。


「ごめんごめん、大事なところを言いそびれたな。」


コホン、と咳ばらいをし、ゆっくりと話し出す。


「この子は裕毅。僕の甥っ子だ。」


横にいる裕毅もこくりと頷く。


「S耐に出ているころから瀬名くんの走りに夢中になっていてね。会えるものなら会ってみたいとずっと言ってたんだよ。」


説明を聞いている間も裕毅の目線は瀬名に釘付けだった。


「まあ僕もただファンだからという理由で連れてきたわけではない。…って瀬名くん、聞いてる?」


「は、え?あ、スイマセン。初ファン獲得で有頂天になってました」


「…あんなスゴい走りをする瀬名さんにもそんな一面が…なるほど…」


ボソボソと呟きながら恍惚の表情を浮かべる裕毅。

彼は知らないが、どちらかと言えば瀬名の素はコッチ側である。


「で、話を戻すとだね。彼もモータースポーツをやっているんだ。それなりに本気でね。」


「いいえ叔父さん、『ガチ本気』です。」


横から裕毅が釘を差す。


「そう、ガチ本気でね。去年の全日本カート選手権ではチャンピオンになっている。」


「え、想像以上に凄いじゃないですか。俺よりも速いのでは?」


瀬名は素で驚きを隠しきれない様子だった。


「だってよ、裕毅。よかったな。」


「いやもう本当にそんなことないですマジ勘弁してください」


顔を真っ赤にして口に手を当てながら、早口で否定する裕毅。


「で、だ。本当に瀬名くんよりも速いのか、試すことができるんだよ。」


「ん?どういうことです???」


その言葉の真意を理解できずに、はてなマークマシマシの返答をする瀬名。


「率直に言うと、彼は次の第三戦、富士からF4に参戦することになった。急遽決まったことだったから、開幕戦にはエントリーが間に合わなかったんだよね。」


裕毅も恐縮しながら頷く。


「なるほど!じゃあよろしく頼むよ、裕毅くん」


ようやく話の趣旨を理解した瀬名は、笑顔で裕毅に手を差し出す。


「あっえっ、あ、握手…すいません手汗拭いていいですか!!!」


「アハハッ!そんなに気にせんでいいのに~」


ポケットから急いでハンカチを取り出そうとする裕毅に、優次と瀬名は思わず吹き出す。

瀬名も、内心この小さなファンが可愛くてたまらなかった。


第三戦を迎える前までは…。






「クソッ!!!バケモンかよコイツは…!!!」


5月9日、富士スピードウェイにて行われたF4第三戦で。


伏見瀬名は松田裕毅に対し、5秒の差をつけられ大敗する。


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― 新着の感想 ―
すっごく可愛いと思った初ファンの裕毅くんが、めっちゃ速かった!!!! 今まで上の世代や先輩たちを驚かせて「怪物だ」なんて言われてた瀬名くんが、自分より年下相手に「バケモンかよ」ってなるのが新鮮でした(…
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