相手
翌日、朝8時。
ピットに金属音が響き始める。
各チームがマシンのセッティングを行い、レースに備えている。
瀬名もまた、昨日と同じようにピットでレース前の休息を取っていた。
自分のマシンが整備されているところを見つめる。
メカニックがウイングの調整に入った。
口にしていたスポーツドリンクを置き、立ち上がる。
メカニックの肩をポンポンと叩き、話しかける。
「すいません、昨日のセッティングだとちょっとダウンフォースが強すぎたみたいで…もう少しウイング寝かせてもらってもいいですか?」
メカニックは驚いた表情をすると、少しの間の後こう答えた。
「伏見さんを呼んできます」
しばらくして、ピットの奥からメカニックに連れられて稔が出てくる。
マシンの状態をじっくり見た後の第一声は。
「あれ~?これセッティング間違えてんじゃん!」
わざとらしく驚いた演技をしたような一言だった。
「ごめんごめん、別の低速コース用のセッティングが適用されてたみたい」
不自然な挙動をしながら、瀬名に謝る稔。
「これで、もっと速く走れるようになりますかね。1位にはなれない…っていうかなっちゃいけないんでしょうけど」
イライラしたような声色で、瀬名が言う。
その様子を見て、稔は一つ提案をする。
「なら、今日のレースはファーストセカンド関係なしの、ガチのバトルをしようじゃないか。」
聡にも聞こえるような大きい声でそう言った。
「開幕戦、わがチームは1-2フィニッシュを飾っている。少しくらい二人で争ってもポイント的には問題ないさ。それに…」
稔は瀬名、聡の両方の顔色を確認すると。
「キミたちなら、それでも勝っちゃうでしょ?」
隠しきれない笑みを隠しながら、そう言った。
『ヴィーッ。ヴィーッ。』
部屋にスマホのバイブレーション音が鳴り響く。
誰だよ休日の朝っぱらから電話を掛けてくるのは…。
まあ大方アイツだろう。
目を閉じたまま手探りでスマホを探し当て、耳に当てる。
「は゛い゛」
喉ガッラガラだわ。
『寝起きか?悪いな。』
「とっとと要件を言ってくれ。二度寝したい」
電話越しの瀬名の声はなんかちょっと嬉しそうだった。
『お前の見解、合ってたよ。やっぱ低速コース用のセッティングになってたみたい』
やっぱりか。お父さんはそういう事しかねないとは思ってたんだよな。
『それで、今日はセカンドドライバーでも優勝狙っていいってお達しが出たんだぜ!』
これも想定通り。
本来なら瀬名が自力で気づけたら、チャンスが貰えるって感じだったと思うんだけど…。
ま、言わなきゃバレないっしょ。
「マジか、頑張れよ。寝ながら応援してるわ」
『それは応援とは言わん』
心配せんでも、アイツなら勝つだろう。
そう思い、オレは目覚ましのタイマーを午前11時にセットした…。
稔の発言で奮い立ったのは、なにも瀬名だけではない。
もちろんこの男、中島聡も例外ではなかった。
「オレは速い…アイツよりも、誰よりも…」
俯き、目を閉じ、集中する。
「いーや、俺の方が速いですよ。」
いつの間にか隣に立っていた瀬名にも気づいていなかった。
聡はその声を聞くと目を開け、顔を上げる。
「そろそろ時間です。行きますよ。」
「ああ…。ここからは敵同士だな。」
聡の言葉に、瀬名は首を横に振る。
「『敵』じゃない。『相手』ですよ。」
瀬名は聡の手を取り、椅子から立ち上がらせる。
同じデザインのレーシングスーツを着た、相手同士。
瀬名の言葉も、馴れ合おうという意思は一切なく。
相手を最大限リスペクトしたうえで、完膚なきまでに叩きのめす。
両者ともそんな強い気持ちを持っていた。
レースが、始まる。




