発奮材料
都内某所の葬儀場。
喪服に身を包んだ人物が一人、また一人と中に入っていく。
そんな中、『片山京一 儀 葬儀会場』と書かれた看板を呆然と見つめる男が1人。
「瀬名。もう来てたんだな。」
後ろから声がし、看板を見つめていた視線を外す。
振り返ると立っていたのは、馴染み深いいつものメンバーだった。
「ああ。中々建物に入る勇気が出なくてさ。葬式なんてやっちゃったら、京一さんが死んだってことを嫌でも認めなきゃいけなくなるだろ?」
瀬名の目線が上がらない。
上げられない。
泣き顔が見せられないわけではない。
涙はもうすでに枯れている。
何か別の理由で、顔を上げることができない。
「でも、前を向かなきゃいけないんだ。お前には未来があって、夢もあるんだろ?」
可偉斗は瀬名の頭を撫で、そう言い聞かせる。
「先に行ってるわ。落ち着いたら来いよ。」
自動車部の面々を引き連れて、中に入っていった。
しばらくして瀬名が建物の中に入ると、既に葬儀は始まっていた。
1人1人並び、京一に最後の別れを告げていく。
瀬名の番もじきに回ってきた。
その寝顔は本当に安らかで、自分の人生を全うできたような顔だった。
そんな京一さんを見ていると、色んなごちゃごちゃした感情が次から次へと湧き上がってくる。
微笑みをたたえたその表情は、突然『ドッキリでした~!』って起き上がってくれそうで…。
「…あれ。おかしいな…。」
京一の寝顔に、一粒の雫が落ちた。
それを見て、自分の頬が濡れていることに気が付く。
枯れたはずの涙は、まだ残っていたようだった。
自分が涙を流していることに気が付くと、自らの奥底に眠る感情が音を立てて押し寄せてきて…。
「京一さん…!どうしてッ…どうしてなんですかッ…!!!」
気づけば瀬名は、声を上げて泣いていた。
その声は会場の端に固まって立っていた自動車部員たちにも聞こえていて。
「…ちょっとオレ、行ってきますわ。」
「頼む。お前にしかできない事もあるだろう。」
琢磨が瀬名の元へと向かう。
京一に縋りついて泣く瀬名に、肩越しに語り掛ける。
「お前のためを思って、少々強い言葉を使わせてもらう。…京一さんはもういないんだ。それを認めない限り、お前は強くも速くもなれないし、人間として成長することもできないぞ。」
「分かってる。分かってるんだよ。でも…」
「『でも』じゃねえ。絶対に進み続けろって言われたんだろ?ならその言葉を守るのがせめてもの弔いじゃねえのかよ!」
それを聞いた瀬名は、少しの間黙りこくる。
暫くの時間が経った後、瀬名は口を開いた。
「琢磨、俺の頬をブン殴ってくれ。思いっきり頼む。」
「ああ。お安い御用だ。」
琢磨はニッと笑うと、いつかのようにまた、瀬名の頬を叩いた。
「…これでついさっきまでの俺はもういない。ありがとう、琢磨。」
「ネガティブな気持ちになったらいつでも言えよ。全力でビンタしてやる」
二人はグータッチを交わし、みんなの元へと帰っていった。
その途中、横から瀬名の名前を呼ぶ声がした。
「あぁ、お久しぶりです。やっぱり来てたんですね。」
かつて軽耐久で瀬名と死闘を演じた、京一のライバル。
「中島さん。」
少々やつれた様子の中島。
流石に京一の死はこたえたようだ。
「まずは…この度はお悔やみ申し上げます。…いや、この場に京一がいたら『そういうのはいいですから』って言いそうだな。」
そう言ってフッと笑うと、瀬名の方を向き直り。
「外で話さないか?積もる話もあるだろう。」
瀬名は中島と共に外に出ると、当たり障りのない雑談をしながら近所を散歩する。
「S耐、見てたぞ。すごい活躍だったじゃないか。」
「ありがとうございます。でも、あれ勝てたのは京一さんのおかげなんですよ。」
中島は、どうしてそこで京一の名前が出てくるのかよく分からないと言った表情だった。
「それじゃあ、今後はどうするんだ?」
「もっと上のクラスで戦っていきたいと思ってますよ。そういえば中島さんは就職するんですか?」
その言葉を聞くと、待ってましたとばかりに。
「オレは、来シーズンからF4に参戦することになった。StarTailってチームからオファーが来てな。」
時が止まる。
「は?」
「は?」
「ちょーっと説明してもらおうか父さん。チームメイトが中島さんだなんて聞いてないぞ」
「だって言ってないからね。」
オフシーズンのため、一時的に伏見家に帰ってきた父さんこと稔。
帰ってそうそう息子の質問責めに遭っていた。
「瀬名を入れるんなら、チームメイトもどうせなら大学自動車部の中から選んじゃおうと思ってね。全国見て回ったが、一番光るものが見られたのが彼だったって訳。」
「なるほど…とはならんよ」
とはいえ、これ以上ないライバルであることに違いはない。
自らの発奮材料になるのであれば、特に拒む理由もないだろう。
ちょっとビックリはしたようだが。
「ということで、一年間切磋琢磨して頑張りなよ。チーム監督だから父さんもそばにいてあげられるからね。」
ここだけの話、瀬名は父のそばに居られるのが一番嬉しかった。