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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第二章 スーパー耐久
55/157

ペースアップ

東の空から、日が昇る。


朝焼けに照らされたホームストレートを、一台のマシンが駆け抜けていく。


レース開始から14時間が経過し、車両ごとのギャップは大きく開いている。

ただ一台、孤独に走るホンダ・フィット。


ピット側、建物の影から抜け、開けた1コーナーへと突っ込んでいく。


朱い陽の光が、車体に反射する。


1コーナーのハードブレーキング。

ブレーキが赤熱し、悲鳴を上げる。


だが、ドライバーはそれが日常であるかのように意に介さず進む。


前にも、後ろにも見渡す限り誰もいない。


だが、見えない相手と戦い続けるために目一杯アクセルを踏みちぎる。


コースの外側、内側を限界ギリギリまで使う。


35秒の差を追いかけて、瀬名は走る。

自分のために、そして…。


あの人のために。








時刻は12時を回り、レースも残すところあとわずかとなった。


3度目の役目を終え、もうすぐ4度目の出番が来るというところ。


なかなか前との差が縮まらない。


残り3時間でこの差を巻き返すのは不可能なのではないか。

全員の頭にそんな考えが浮かび始めたころ、事態が動く。


ガレージの外で作業していた琢磨は、西の空が暗くなってきていることに気づく。


すぐにレーダーをチェックすると、そこには確かに雨雲が。


予報ではほぼ100%無いとされてきた雨。

願いが通じた。


小さく、暗くなっていた希望の光が、輝きを増していく。


琢磨は瀬名にアイコンタクトを取ると、もう既に彼の準備はできているようだった。


瞬時にマシンをピットインさせる。

と、同時に雨が降り出した。


時刻にして1()2()()3()2()()のことだった。


レーダーの色は赤。土砂降りになるはずである。

反撃の時間だ。






『瀬名。聞こえてるか?』


「ああ。バッチリだ。」


『これがラストスティントになる。泣いても笑っても、あと3時間。』


「そんだけあれば充分さ。」


『現在5位、前との差は32秒だ。さあ、飛ばしていけ!!!』


Copy(了解)!!!」


雨が本降りになり、路面状況は劣悪。


だが、この男に限ってはそうではない。


全体がペースダウンをする中、1人着々と、ぐんぐん前との差を縮めている。


「1周あたりトップ2台よりも1秒速いペースで走れてる。これならあと30周…1時間ちょいで追いつくぞ。」


「OK。じゃあペース上げるわ。」


「…!そうかい。じゃあもっと早く追いつけるな。」


横で二人の会話を聞いていた亜紀は、少し目を潤ませている。


「琢磨くん、今のセリフって前に京一が言ってた…」


「そうですね。京一さんと同じ場所までたどり着けたってこと…なんでしょうね」


瀬名のこの発言は、京一のことを意識してのものではない。


チームに対してできることや、今自分がすべきことを考えた末、至った言葉だ。


物事に限らずとも、言葉や行動にも極致は存在するのかもしれない。

その極致にたどり着いたとき、人は皆同じことを考え、同じ行動をするのだろう。






その言葉通り、瀬名は淡々とペースを刻み続けた。


土砂降りの雨の中、まだ見えない相手を追い上げる。




12時52分、4位浮上。


13時06分、3位浮上。




残すはトップ2台だけだ。


ホームストレートに入った時、かすかに2台のマシンが吹き上げる水煙を視認した。

見えない相手が、見える相手へと変化した。


「おし、こうなりゃもう秒読みよ…!」


アクセルを踏みしめ、自らの心のギアも一段階上げる。


1周、また1周と差が縮む。

気づけば2台のスリップストリーム圏内にまで入っていた。







分かってはいたが、流石に速い…!


このままでは抜かれるのは時間の問題だろう。

私はひたすら耐えることしかできないのか…!?


何か…何か打開策は…!!!


ッ!?






瀬名の視界に映っていた1本の水煙が、2本へと増える。


それすなわち、2台のうちのいずれかがマシンを横に移動させたことを意味する。


仕掛けたのは桑島正治。

トップを走っていた長谷部尚貴は長考中に隙を突かれ、横に並ばれてしまう。


横に並んだことでスリップストリームの効果が切れ、2台はわずかに失速する。

一方瀬名はスリップストリームの恩恵を存分に受けることができる。


2台の後ろにピッタリ張り付く。


現時点でのスピードは瀬名の方が少しではあるが速い。

このままではぶつかる…と思ったその時。


瀬名はハンドルを右に切り、桑島の右に並びかける。


スリーワイド(三台横並び)のままホームストレートを駆け抜けてゆく。


このまま入ればインコースの瀬名が有利。

1コーナー、ブレーキング。


いつか見たように、瀬名はブレーキングを少し遅らせた。


時間にして、ほんの0.05秒。


だが、それで充分だった。


挿絵(By みてみん)


ブレーキングで完全に前に出ると、できる限り外側からコーナーに入るためにハンドルを目一杯左に切る。

そのまま、アウト・イン・アウトのラインで1コーナーを駆け抜けていく。


前に出た。

完全に前に出た。


あとは、逃げるだけだ。


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― 新着の感想 ―
おぉー!待望の雨が!! これで瀬名くんがとうとうトップに出て、このままこのまま!逃げ切ってくれーーーーーっ!!٩(* ゜Д゜)و
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