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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第二章 スーパー耐久
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絵心

ピピピピッ!ピピピピッ!!!


「…朝か。」


早朝6時、ホテルの一室に目覚まし時計の音が鳴り響く。


「…瀬名くん、何をどうしたらその寝癖がつくの???」


「丸まったハリネズミかと思った」


寝起きでポワポワしている、というのは意識の話ではない。

物理的に頭がポワポワしている。


「…風呂行ってくる」


「その頭で外出んの!?!?」


ロビーと同じ階層にある大浴場に向かおうとした瀬名だったが、流石に頭を直してから行けと指摘が入った。


「琢磨…髪整えてくれ…」


洗面所から櫛を持ってきた瀬名が、琢磨のベッドの前に座った。


「自分でやんなさいよ…」


そう言いながらもなんだかんだ言う通りにしてしまう琢磨。


「硬った!お前の髪はハリガネか?」


「粉落としだよ…。」


「ラーメンの硬さの話してねえよ」


二人の掛け合いを横から見ていた亜紀は、心底羨ましそうに。


「いいなー。琢磨くん私よりも瀬名くんの恋人向いてるよ」


「いいえ、お断りします」


「ひでぇな…」






午前9時。


ピットガレージ内から金属音やモーターの駆動音が聞こえるようになってきた。

グランドスタンドを見てみてもまだ観客は少なく、作業をしているクルーの声が聞き取りやすい。


「瀬名、瞑想中すまんがちょっと手伝ってくれんか?」


「…。」


椅子に座り、目を閉じている瀬名に可偉斗が声を掛けるが…


「おーい?」


返事がない。


「可偉斗さん、多分コイツ寝てるっす。少々お待ちを…」


琢磨はそう言うと、おもむろに瀬名の耳元に口を寄せた。

目を閉じ、ゆっくりと息を吸うと…。


「ッスゥー…わッ!!!!!!」


「わァ!!!!!!」


瀬名、横転。

それを見て琢磨はゲラゲラ笑っている。


「お前さあ!鼓膜破れたらどうすんの!!!無線聞こえなくなっちゃうでしょうが!!!」


琢磨は顔の前で『イヤイヤ』と手を振り。


「破れない破れない。ほら、作業呼ばれてんぞ」


瀬名の手を引っ張り、起こす。

二人はマシンの方へ歩きだした。


「調子は?」


「良いよ。とりあえず第1スティントはトップでバトンを繋ぐさ。」


「簡単そうに言うなぁ。信じるぜ?」


「ああ、二言はねえ。」


エアジャッキで持ち上がった車体に手を置き、屋根に刻まれた『For Kyoichi』の文字を眺めながら。


「勝つさ。」


もう、これしかやれることはないのだ。






「お、瀬名くんから『本日はよろしくお願いします!』ってメールが来てる」


「それ私にも来てましたよ。良い子ですよね、ホントに」


ピットガレージの外、ピットレーンで談笑する二人がいる。


人手不足からレーサーもメカニックとして働かなければならない光岡大と違い、名門チームの二人は時間にも余裕がある。


「しかし…初めて会った時にこんなことになるなんて思いましたか?」


「全く。長生きはしてみるもんだね」


「貴方まだ30代でしょう?」


30代で長生きっていつの時代だよ、というツッコミは置いておいて。


「開幕戦は完全に俺らの負けだ。油断云々じゃなく、実力的にもな。」


「今日、明日の天気は晴れの予報です。開幕戦の時のようなオーバーテイクが見られないというのは、残念なようなホッとしたような…」


空は雲一つない快晴で、淡い水色が一面に広がっている。


「とにかく、最初から全開で行きましょう。」


「だな、三つ巴のバトルってのは久しぶりかもしれん。楽しむぞ。」


「ご武運を」


「うい」


両者は拳を合わせると、それぞれのピットへ戻っていった。






「これでレース前の作業は全部終わりか。」


「どうか、最後まで走り切ってくれますよーに!!!」


マシンに懇願するように、瀬名は顔の前で手を合わせた。

それを見た他のメンバーも真似して祈る。


「あ、あとそうだった。」


瀬名がガレージ奥の壁に向かってタタタッと走る。


「おまえも、できたらでイイからヨロシクな。」


そう言って壁に掛けられた琢磨作の逆さまてるてる坊主をつつく。


「琢磨、お前絵心あるな。めっちゃ可愛いじゃん」


「てるてる坊主に絵心もクソもあるかよ。さあ、マシン出すぞ」


少し耳を赤くして照れながら琢磨はマシンの方へ戻っていった。

瀬名もてるてる坊主に手を振り、その後を追う。


椅子に引っ掛けてあったヘルメットを小脇に抱え、琢磨に追いついたところで被る。

今日のレース前の練習走行は瀬名が走ることになった。


少しでもエースに練習時間を…とのこと。


ジャッキを降ろし、ボンネットを閉める。


車内に瀬名が乗り込み、シートベルトを琢磨に締めてもらう。

ガレージから出るところまでは後ろから押してもらい。


ピットロードまできたところでエンジンをかける。


レギュレーションの中で最大限チューンされたフィットの咆哮は、今やレーシングカーとなんの遜色もない。


ピットロードから走り去っていくその姿には、観衆の期待すら乗せられている気がした。


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― 新着の感想 ―
琢磨くんがすっごく瀬名くんの世話を焼いてくれてて微笑ましいです(笑) どんどんスタートが迫って来て、準備も整ってきて、雨が降るのか降らないのか……色々と期待が高まります(*'ω'*)
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