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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第二章 スーパー耐久
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早朝

季節が過ぎ去るのはとても早い。

みんなで戦った軽耐久レースが昨日のように感じる。


実際にはもう1年以上も昔のことだ。


僕が病に伏したのはあの後すぐだった。


世の中にはお金じゃ買えない大事なものがいっぱいある。

当たり前だと思っていたことが次々とネジ曲がっていく。


窓から差す光が眩しくて、目を覚ます。


もう朝か。


僕はあと何回朝を迎えられるのだろうか。


…いや、そうじゃないな。


逝ってもいいと思うまで、死んでなんかやるもんか。


11月7日。


今日は24時間レースの予選日だ。


「…頑張れよ。みんなも。」


声は出ないが、そう呟いた。


口、鼻に酸素マスクを被せられ、身動き一つ取れない僕だけど。


祈ることしかできないのなら、祈ればいい。

僕は右手の手のひらに乗せられた、瀬名からもらったお守りを強く握り込んだ。








午前8時、富士スピードウェイ。


予選に向けた準備が着々と進んでいる。


「明日、明後日の天気ってどうなってる?」


「めっちゃ晴れだな」


「めっちゃ晴れかー…」


瀬名が得意とする雨のレースにはならなそうだ。


「そんなことを話してる場合じゃないぞ、瀬名。明日より今日、予選の準備をしておけよ。」


そう星野に言われ、やっとこさ瀬名はレーシングスーツに袖を通す。


今回のレースも開幕戦と同様、予選では2名のドライバーが走ることになる。

今回選出されたのは可偉斗と瀬名。


この2人の合算タイムでスターティンググリッドが決まる。


と、そこでガレージの半開きになったシャッターがコンコンとノックされる。


瀬名が応答するためガラガラとシャッターを開けると、見慣れた二人の顔がそこにはあった。


「よう、瀬名くん。」


桑島と長谷部。

この二人にもよくお世話になったものだ。


「ウォーミングアップにサーキット1周ランニング、ご一緒しませんか?」


富士スピードウェイの全長はおよそ4.5キロ。

ランニングには丁度いい距離だ。


瀬名は快諾し、三人横並びでピットロードを出ていく。


心拍数もあまり上げない、ゆったりとしたランニング。

瀬名は片耳にイヤホンを突っ込み、音楽を聴きながら会話に参加していた。


「調子はどうですか?」


「いや~、まあぼちぼちっすかね」


「今日はまだいいが、レース本番は体調にだけは気を付けろよ。24時間戦い続けるっていうのは、生半可な体力と覚悟じゃできないぞ。」


桑島は笑いながらではあるものの、心底その通りであるように語った。


「『オレたちを倒せ』とは言ったが、あくまでこれは耐久レース。完走を第一に考えろ。」


「攻めすぎて途中で散る、というのが耐久レースで最もやってはいけない行為ですからね。」


「肝に銘じます。」


ランニングもコース後半に差し掛かってきた。

ここからは上り坂が続く、少々キツいコースになっている。


「…私たちは片山京一さんに会ってきたんです。」


少しの間流れていた沈黙を破って、長谷部がそう切り出す。


「えっ!本当ですか?いつの間に…」


「キミたちともニアミスしてたみたいだよ。彼、『忘れ物を取りに来たのかと思いました』って言ってたもん」


「礼儀正しくて良い子でしたよ。」


笑みを浮かべて長谷部は言うが、その笑みは次第に消える。


「貴方たちは…余命のことを彼の前では話していないんですよね?」


その言葉を受けて瀬名も真剣な表情で。


「はい。希望を失ってほしくなくて。」


「彼は自分の死期を悟っていました。長くとも今月中には…とのことです。」


瀬名としても考えたくはなかった。

ここ一ヵ月ほどはお見舞いにも行けていない。


どんどん弱っていく京一さんを見たくなくて。


見舞いに行くたびに見せてくれる彼のチャームポイントの笑顔も、引きつって見えて仕方がなかった。

身近な人がいなくなってしまうというのは悲しく、そして怖い。


瀬名は幼い頃、母親を亡くしている。


交差点を突っ切って歩道へ乗り上げたトラックから、自分(瀬名)を守って。

もはやその当時の記憶は無いが、大切な人が一人、この世界から消えてしまったという喪失感と恐怖は、今も深層心理に根付いている。


「でも、『このレースは見届けるんだ』と言っていました。どうか、いいレースを見せてあげて欲しい。」


期待は度を過ぎるとプレッシャーとなり足かせになる。

しかし、この言葉にプレッシャーは含まれていなかった。


京一の純粋な瀬名を想う気持ち。


そして、彼もまた自らの夢を瀬名に託したのだろう。


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― 新着の感想 ―
あっという間に11月が来てしまった……京一さんはもう起き上がることもできないだろうけど、勝利を祈る気持ちはきっと届くと思います! 瀬名くんも、京一さんのことをプレッシャーではなく背中を押してくれる力と…
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