任務完了
午後3時、35分間降り続いた雨は止んだ。
スタートから1時間が経過し、スタート直後の動乱も落ち着いてきた。
路面が乾き、雨用タイヤの摩耗が気になりだす。
であれば…。
『Box,Box。』
本日二度目のピットイン。
本来であればカイザーレーシングのピットタイミングをコピーするはずであったが、幸い光岡大はその前に出ている。
ならば、先に動いてペースを握ってしまうというのもアリだろう。
そう判断したのは、レースIQではチーム1へと成長した琢磨だった。
「タイヤと燃料、準備できたよ!」
「了解です。可偉斗さん行けますか?」
「いつでも大丈夫だ。」
「先生、瀬名の位置は?」
「現在バックストレート、トップで帰ってくるぞ。」
「了解しました。タイヤ交換の準備です。せっかく瀬名が作ってくれたギャップ、絶対に守りますよ!」
「「「了解!!!」」」
片耳だけはめていた無線のヘッドホンを、しっかりと付けなおす。
インパクトドライバーを手に、親友の帰りを待つ。
しばらくして、3台のマシンが連なってピットに入ってくる。
ピットタイミングは同時、作業の手際で勝負が決まる。
『できる限りのことはやったぞ!あとは頼みます!!!』
自らのチームのピットに帰ってきた瀬名がそう叫び、作業が始まった。
瀬名がマシンを降り、可偉斗が乗り込む。
星野の手によってジャッキが上げられ、亜紀と琢磨がタイヤを変える。
全てが円滑に進む。
練習通りに、確実に。
焦らず、されど急いで。
マシンが静止してからおよそ1分、再度フィットは走り出した。
ピットに残された面々は一息つく。
「…やりやがったなお前…!すげえじゃん!!!」
可偉斗が乗るマシンを見送った後、琢磨は横に立った瀬名の背をバシバシと叩く。
「最初はしんどかったけど、雨降ってからはとんでもなかったね!」
亜紀が飲み物を手渡しながらそう言う。
「まぁ、やるだろうなとは思ってたよ。お前ならな。」
「先生がデレた!!!」
頭を掻きながら星野が労うが、もうどうやって声を掛けてもツンデレ扱いされてしまうようだ。
「まぁ、奥で休んで来いよ。疲れてんだろ?」
「そうだな、じゃあお言葉に甘えて…。」
「瀬名くーーーん!!!なんか外で怖そうな人が呼んでる!!!!!」
瀬名がロッカールームへと続く扉に手をかけたその時、亜紀の叫び声がこだました。
「怖い人呼ばわりは心外なんだけど…」
「失礼しちゃいますよホント」
ピットガレージの外で待っていたのは、先ほどトップ争いを繰り広げていた2人。
「あれ、桑島さんじゃないですか。お疲れ様です」
「『お疲れ様です』じゃないよ!キミがあんなに強いと思ってなかったんだけど…」
「それほどでも…ありますね。」
謙遜する流れかと思った2人はガクッと肩すかしを食らう。
「あ、失礼ですがそちらの方は…」
「申し遅れました。私、長谷部尚貴と申します。黄色いロードスターに乗ってたのが私ですよ」
長谷部も挨拶し、瀬名に笑顔を見せる。
「さっきのコ、キミの彼女でしょ?ちょっと初対面の人を怖そう呼ばわりするのはやめといた方がいいって言っときな?」
「スイマセン、彼女そういうとこあるんです…てかなんで俺らの関係知ってんスか!!!」
桑島の発言に瀬名は少し赤面しながら答える。
「正治が第一声で茶化すように聞いたらドンピシャに当たっちゃいまして…こちらも申し訳ないです」
「オレは場を和まそうとしただけなんだけどね。ゴメンね」
確かに金髪で大柄、おまけに強面な桑島と、糸目で四角い眼鏡をかけた怪しい研究をしていそうな長谷部は初見だとビビるかもしれない。
「で、なんで俺を呼んだんですか?」
話は本題に戻る。
桑島と長谷部は、お互いの顔を見合わせて。
「キミはオレたちには無いものを持っている。」
「将来性はもちろん、実力は現時点においても私たちよりも上と見て良いでしょう。」
「だから、オレたちの夢をキミに託してみたくなったんだ。」
「あなたはここよりもさらに高い場所で戦えるし、戦わなくてはならないと思います。」
瀬名を一流のドライバーとして認め、さらに上のクラスへと向かわせる。
チャンピオン争いを長年していた2人だからこそできる判断だった。
今まで何人、何十人ものドライバーを見てきた2人からしても、瀬名には光るものを感じざるを得なかった。
「だから…協力しよう。オレたちが全力で迎え撃つことで、世の人間にキミの才能を知らしめるんだ。」
「手加減も、余裕も一切ない、全力の勝負をしましょう。」
「今シーズンのS耐最終戦、11月の富士24時間耐久がある。」
「一番注目度が高く、そして難易度も高いレースです。そこで、我々を打ち倒してください。」
「オレたちにできることならなんでもやる。何かあったら連絡をくれよ。」
桑島と長谷部は瀬名に連絡先を渡し、去っていった。
「レース前はあれだけ冷たかったのにスゴい態度の変わりようだな?」
「あれだけの走りを目の前で見せつけられたら、誰だってそうなりますよ。実力のある者ならなおさら…ね」
ヘルメットを小脇に抱えたまま、2人は歩く。
時折爆音でコースを通り過ぎていくマシンを横目に。
「あの子のような若者が未来のモータースポーツを担っていくんです。それは喜ばしいことじゃないですか。」
「違えねえな。」
空はすっかり晴れている。
「本当はもう1人…」
「?」
「いや、それは瀬名くんにも彼にも失礼だな。何でもねえよ。」
「ヘックション!」
空はこちらも青い。
「花粉の時期はもう終わったもんだと思ってたんだけどな…。」
手持ちのノートパソコンでレースの様子を見ながら、彼はつぶやく。
「よくやったぞ、瀬名。」




