感覚
日産GT-RGT500。
瀬名が駆るそのクルマ。
SUPER GTの上位クラスであるGT500マシンだ。
エンジンの最大出力は550馬力を超える。
通常、レース経験のない一般人が乗ればまず扱い切れないスペックである。
しかし彼は近年のリアルなゲームに鍛えられた生粋のe-sportプレイヤーだ。
その経験は、サーキットでのそれに勝るとも劣らない。
「飲みもん持ってきたよ~」
「ありがと。そこのテーブルに置いといて」
瀬名は片手を上げて応えた。
「富士?」
「そう。最近ここばっか走っとる」
富士スピードウェイ。このサーキットの特徴といえば、なんといっても世界屈指の長さを誇るホームストレートだろう。
その長さ、1.4キロメートル。
GT500マシンであれば、ストレートエンドでの最高速度は時速300キロを超える。
ピットアウト後、一周はゆっくり蛇行しながらタイヤを入念に温める。
レーシングカーのタイヤは、スリックタイヤという溝の無いツルツルしたタイヤが採用されていることが多い。
溝がないのになぜ滑らずに走ることができるのか。
それは路面との摩擦熱でタイヤのゴム自体が溶け、その粘り気で路面に張り付いているからである。
そのため、レース前やタイムアタックをする前は蛇行運転をするなどしてしっかりとタイヤを摩擦熱で温める必要がある。
タイヤが十分に温まったころ瀬名のクルマは最終コーナーを抜け、ホームストレートへ差し掛かった。
それまで半開状態だったアクセルを目一杯踏みしめる。
直列四気筒のターボエンジンが唸り声を上げ、瀬名は存在しないはずの加速Gすら感じていた。
ストレートエンドに差し掛かった時、クルマのスピードメーターは時速302キロを表示した。
ただ、そのスピードに酔いしれてはいけない。
このストレートの後に待ち受ける1コーナーは、キツいブレーキングを必要とする急コーナーだ。
サーキットにはコーナーの前にしばしば数字が書かれた看板が立てられていることがある。
これは次のコーナーまでの距離を示すもので、ドライバーはこの看板をブレーキタイミングの目印にするのだ。
ブレーキタイミングは車によって異なる。
GT500マシンでこの1コーナーを曲がる際は、150メートルの看板を目印にするのが定石だ。
300キロで走っていた車が、ものの数秒で80キロまでその速度を落とす。
このブレーキ性能が、GT500マシンが箱車において世界最速と言われる所以の一つである。
瀬名は完璧なタイミングでブレーキを踏み、リズミカルにパンパンとシフトパドルを操作し、ギアを落とす。
「ブレーキ上手すぎんか?お前」
「うん。今のは綺麗に決まった。」
無事に1コーナーを抜けた瀬名は、次のコーナーを曲がるための準備をするために車体をコースのアウト側に寄せた。
そこで彼は一つの違和感を感じる。
「…雨降ってきたな」
「え?」
琢磨が困惑するのは当然である。
画面左下に出ている路面の雨量を示すメーターは全く動いていない。
それどころか画面を見ても雨の一粒も確認できないのだ。
瀬名は長年、ハード純正コントローラーの脆弱な振動フィードバックだけで路面の情報を察知してきた。
それすなわち、限られた情報での路面状況の把握能力に長けているということになる。
最新のレーシングシミュレーターのフィードバックは、現実のものと遜色ない精度である。
瀬名は誰よりも早く、路面の異変に気付くことができる。
彼が降水を宣言した直後、水量メーターが動き出した。
「…お前すげーな」
「でしょ?」
この男は謙遜というものを知らない。




