耐久レース
月日は流れて、10月19日。
関東学生対抗軽自動車5時間耐久レースが開催される。
「よお。遅かったな。」
「中島さん!この間はお中元ありがとうございました!!」
光岡大のレーシングスーツを見るなりかっ飛んできた中島に、京一が最敬礼で挨拶をする。
「ねぇあの人マジでヤバいんじゃないの?お中元送る?普通」
「俺も若干京一さんが心配になってきました…」
亜紀と瀬名がコソコソ喋る。
「オレはぶっちゃけ、お前に勝てさえできればいいと思っていた。だが、先日のジムカーナの大会で勝っても全く気持ちは晴れなかった。」
中島はニヤリと笑いながら。
「頼むから、拍子抜けさせないでくれよ。」
「前年度の結果から、俺たちは四番手スタートだ。そして…」
「お久しぶりですね星野先生」
「今喋ってんだろうがクソガキ。お前らが遊び呆けてるから顔見ねーんだろ」
会話に割って入った瀬名の耳に久しぶりに聞く声が響く。
「続けるぞ。俺たちは四番手スタート。それで肝心の出場選手と順番なんだが…」
星野は手持ちのホワイトボードに名前が書かれたマグネットを張り付けていく。
「第一走者、京一。」
「はい元気です!!」
小学校の出席確認みたいなノリの絶対的エース。
「京一さんアンカーじゃないんだ」
特に何も考えずに言う瀬名を見て、星野は頭を掻きながら。
「オイ、京一。マジで大丈夫なのか?」
「はい。問題ないかと。」
『ハァ…』とため息をつくと星野は続ける。
「第二走者、可偉斗。そしてアンカーが瀬名だ。」
京一以外の全員が驚く。
「なるほど…とうとう俺の実力を認めたんですね…?」
「んなバカな」
そう言いながらやれやれと手のひらを上に向ける琢磨。
「勘違いするなよ。これは京一の強烈な推薦に俺が根負けした形だからな。」
「これで結果出なかったら僕の責任だから頑張ってね!瀬名!」
「それはちょっとしんどいな」
満点の笑顔で圧力をかける京一に少し尻込みする瀬名。
「そんな調子じゃ本当に困るんだが…」
様々な不安要素はあれど、スタートの時間は刻々と迫っている。
「トランスミッションは私と琢磨くんで完璧に直してあるから、思いっきり走っていいよ!」
「オレたちは走れない分、ピットでの作業をお手伝いさせてもらいます」
この大会では、各チーム3人以上の選手が出場しなければならない。
逆に言えば3人以上なら何人でも良いのだ。
琢磨と亜紀は出走させるよりも裏方の仕事の方が活躍できる。
星野はそう判断したようだ。
「京一がアンカーじゃないだと!?」
中島は取り乱し、テントの椅子から立ち上がる。
「落ち着け、聡。お前が向こうさんの片山くんを異常にライバル視しているのはよく知ってるが…」
「先生、オレをスタートでも走らせてください。」
「ほれ来た…」
大都大学の顧問は頭を抱える。
「分かってるのか?お前はエースで、トリを飾ってもらわないと困るんだよ」
「だからスタート『でも』って言ってるでしょう?最後も走りますよ」
ルール上は問題ない。
一度走った選手がもう一度走ることもできるのだが、その分ピットの回数は当然増えることになる。
「多分お前は譲らないから、了承する。ただし条件を付けるぞ。」
顧問の条件とは、単純明快なものであった。
「必ず、勝て。」
「Copy.」
「…アンカーを走るってのはそういうことなんだぞ。分かったのか瀬名?」
「Copy!」
F1ドライバーや海外のレーシングドライバーが『了解』の意味で使う『Copy』。
レースのメンバーに選ばれたと知るや否や、瀬名はその単語を連発していた。
「それやめろ。イキるな。」
隣で一緒に星野の話を聞いていた琢磨は、それを聞き苦しく思いそう言った。
「イキってねーよ。カッコいいだろこれ」
「瀬名、俺からも言っておくがお前はまだそれを言う域に達してない。」
「ハイハイ、『了解』。これでいいですか?」
瀬名はいじけた様子で訂正する。
「よろしい。では最終ミーティングだ。全員集合!」
その声を聞いて、マシンの調整をしていた亜紀、コースの状態をチェックしていた可偉斗、音楽を聴いて集中していた京一も集まる。
「コースはここ、スポーツランド信州だ。全長1.8キロでコーナーの連なるテクニカルコースとなっている。」
星野はコース図を見せながら解説する。
「瀬名、お前オフロードは初めてだったよな?」
「ゲームで走り込んでるので攻め方は分かりますよ」
「ある程度はそれでも分かるだろうが、実際のレースでは路面に落ちている石などで車体の姿勢が急に変わることがある。瀬名に限らず注意するように。」
一同は了解の意を示す。
「マシンや自分の身体に少しでも異変を感じたら、無理せずにピットに戻れ。その時は琢磨、亜紀。お前たちの出番だ。」
「了解です!」
「了解。」
星野はその返事に頷くと、メカニック陣に話しかける。
「コペンの調子は?」
「最高ですよ。」
「もうこれ以上ないくらい!」
琢磨と亜紀は目線を交わし、最高の仕事ができたことを喜んだ。
「よし、時間だ。全員で一つでも順位を上げるぞ。」
星野は手をパチンと叩き、可偉斗へミーティングの進行を引き継いだ。
「いいか、一人ひとり自分のできることを常に考えて動くぞ。瀬名、琢磨。緊張してるか?」
「そんなの性に合わないっすよ」
「オレは走らないんで、比較的気持ちが楽です」
飄々としている一年生。
「京一、トップバッター頑張れよ。」
「ガッテン!ぶっちぎってやりましょう。」
「亜紀、ピットワークは頼んだぞ。」
「去年は走りながらやってたんだもん、絶対いけます!」
やる気漲る二年生。
「さあ、行くぞ!!ファイッ!!!」
「「「「オォーーー!!!」」」」
三年生が円陣を組み、気合を入れる。
六時間の長丁場が、今始まる。