夕食
「僕のターン!!!ドロー!!!」
「京一さん、これそういうゲームじゃないっす」
可偉斗と京一がテントに戻り、瀬名が風呂に行った後の夕食までの暇な時間。
一行はポーカーをして遊んでいた。
「こりゃ無理だな。おれ降りるわ」
「私もー」
賭けるのは、今日寝る場所。
琢磨はこたつの他に、おもちゃのカジノセットを持ってきていた。
プラスチックのチップを使い、最終的にチップが多かった人から寝る場所を決められるということだ。
ぶっちゃけた話、ハズレは1枠だけなのでドベにならなければいい話なのである。
「レイズ」
「なに?じゃあ更にレイズ」
琢磨と京一が掛け金を上乗せする。
「えー…じゃあ俺無理だわ。降りまーす」
瀬名は勝負を降りた。
ここまでの掛け金を失うことになる。
しかし、これ以上の掛け金を失うことはなくなった。
「「勝負!!」」
勝負に出た二人の手札はというと。
「フルハウス。」
自信ありげに手札を見せる琢磨。
それ以上に溜めに溜め、ゆっくりと開示した京一の手札は…!
「役無し」
「なにしてんねん」
これには琢磨も思わずタメ口と手が出てしまう。
対面に座った京一の頭をチョップでポンと叩く。
「京一さんルール知ってます?」
「正直分かんない」
「ダメだこりゃ」
京一にルールを教え、チップをリセットしてもう一戦。
その結果は…。
「納得いかねー。琢磨がこたつ持ってきたせいで俺クルマ出したのに…」
ぶつくさと文句を言いながら自らの寝床となったソファに腰かける瀬名。
それをトランプの片づけをしながら聞いていた琢磨は、明らかに不機嫌になっていた。
琢磨がこの旅行中、どれだけの気遣いを見せていたかを瀬名はまだ知らない。
それに加えて、その気遣いは事態を自分にとって途方もなくマイナスな方向に持っていってしまった。
亜紀のことが好きだったのだと気づいた今、瀬名は親友である以前に恋敵なのである。
かといってここでネタバラシして、感謝を求めることはできない。
この場には一切の事情を知らない可偉斗と京一がいる。
やり場のない怒りを抱えながら、琢磨はせっせと片づけを進めた。
午後6時半。
夕食の時間である。
この宿泊方法ではテントの横に机や椅子、果てはハンモックなんかも用意されている。
そして、BBQセットも。
『コイツらBBQばっかりやってんな』と思われるかもしれないが、旅先の飯と言えばやっぱりBBQなのだ。
今回の宿泊代は、一人当たり21400円。
合計で107000円だ。
しかし、その価値は必ずある。
というのも…。
「なんだこの肉ヤバすぎるだろ」
「サイコーじゃん!!なにこれ!!!」
肉好きの亜紀がはしゃぐ。
今回の旅には、『トマホークステーキBBQプラン』が含まれている。
とてつもないサイズのトマホークステーキが、網の上でジュージューと音を立てている。
その様子を見ているだけでも腹が減るというものだ。
「ほれ、もうちょっとで焼けるぞ。皿持ってこーい」
白いバンダナを頭に巻き、汗を拭うラーメン屋の店主みたいな風貌の可偉斗からは、もはや保護者の貫禄がにじみ出ている。
みんなのお父さんである。
BBQセットをつついている可偉斗の後ろにぞろぞろと子供たちが並び、肉や野菜を受け取っていく。
全員の皿に料理が行きわたり、席に着く。
『いただきまーす!!』
食事開始の合図がされ、それぞれ思い思いの食材に箸をつける。
夏の長い日も落ち、辺りが暗くなってきた。
太陽のいなくなった空に待っていたのは、一面の星々だった。
普段、大都会・東京に居を構えている自動車部の面々にとっては触れることのなかった世界がそこにはあった。
「すげえな。あれ天の川か?」
瀬名の指が指し示す先には白く輝く帯。
確かに天の川だった。
我々の住む天の川銀河の内側を見たものが天の川である。
太陽や地球との位置関係から、見えるのは夏季限定。
心が洗われるような、貴重な体験だった。