嫉妬
「着いた!!!いや~久しぶりだな~」
「お、瀬名はここ来たことあるんだ。」
栃木の人里離れた空気を懐かしげに楽しむ瀬名。
「小さいときですけどね。その時はまだ『ツインリンクもてぎ』って名前でした」
モビリティリゾートもてぎはサーキットが併設されたモビリティテーマパークで、立体迷路やジップラインなどのアトラクションが多数存在する。
大人から子供まで楽しめるテーマパークだ。
そしてクルマ好きにとっては欠かせないアトラクションと言えば…。
「カート!カートはどこだ?」
「もう私たちカートやりに来たようなもんだからね!」
そう。カートである。
モビリティリゾートもてぎのカートは、そんじょそこらのゴーカートと一緒にしてはいけない。
ここのカートにはチャレンジカートとレーシングカートの二種があるのだが、レーシングカートに搭乗するにはチャレンジカートで規定タイムをクリアするか普通運転免許が必要となる。
レーシングカートの最高時速は65キロ。
アトラクションのカートとしては異例の速さである。
吸い込まれるようにしてカートの乗り場に向かった一行は、普通免許を見せてピットに案内される。
もろもろのガイダンスを受け、いざスタート。
なぜか『レースはしないように』と釘を刺されていたが、しそうに見えたのだろうか。
「よし。スタートだ。」
先頭の瀬名はアクセルを半分だけ踏み、ピットロードから出る。
「この時点ですげぇパワーだが…」
次第にアクセル開度を上げていく…が、全開になる前にコーナーが来てしまう。
コーナーに合わせてハンドルを切る。
カートでのコーナリングは、『アクセルを踏んで曲げる』というのが基本となる。
箱車やフォーミュラカーと違って、しっかり減速してゆっくり曲がるわけではないのだ。
半ば後輪を滑らせながら、ダイナミックに走る。
これがカートの運転の難しさであり、楽しさでもある。
「カウンター当てるの楽しすぎる!!!」
彼の言うカウンターとは、『カウンターステア』のことである。
カウンターステアとは、旋回中に後輪の横滑りが発生したときにあえて旋回方向と逆側にハンドルを切ることで横滑りを抑えるテクニックだ。
これはカート競技以外でも後輪が不意に滑り出した際に使ったり、ドリフト競技では意図的に後輪を滑らせて活用したりする。
それからは瀬名が直後に発進した京一に追いつかれてマシンのお尻を突っつかれたり、なぜかドリフトの才能が開花してしまった亜紀が全コーナーを横滑りでクリアしていったりしたが、各人楽しいひと時を過ごした。
そして時は進み、夕方。
このモビリティリゾートもてぎにはホテルもあるのだが、もう一つ魅力的な宿泊方法がある。
それは、『グランピング』である。
言うなれば大きくて多機能なテントに泊まる宿泊方法だ。
ホテルとキャンプの良いとこどりといった具合である。
ただし、一つ問題が…。
「ベッドが4つしかない!?」
しかもシングルベッド。
「定員6人までって書いてあったからてっきり人数分あるのかと思ってたんだが…」
「これは1人ソファーで寝るコースだね」
「腰と首死ぬぞそれは」
顎に手をやり、考え込んでいた可偉斗は、ふと思いついたようにこう言う。
「琢磨。お前なんかデカい荷物持ってきてたよな?あれなんなんだ?」
「こたつっす」
「バカなのお前」
7月も終わりに差し掛かる時期である。
じりじりとした西日が辺りを包み込んでいる。
周りからヤイヤイ言われまくった琢磨だったが、こたつを出してみたら割とみんな入ってくれた。
むしろ入ってないのは琢磨だけで、残りの四人はこたつの四方を囲んでいる。
「結局のところみんなこたつ大好きじゃないですか…瀬名に関しては寝てるし」
「ずっと運転してくれてたし、疲れてたんだと思うよ。ゆっくり寝かせてあげて」
こたつに突っ伏す瀬名を見守る亜紀。
その様子を見た琢磨は、もうお得意となった気配りで。
「俺もう風呂行きますけど可偉斗さんと京一さん一緒にどうですか?」
隣接するホテルの大浴場へと誘った。
「お、いいね」
「行く行くー」
ぞろぞろとこたつから二人は出ていき、残っているのは瀬名と亜紀の二人だけとなった。
瀬名はこたつの天板に手を無造作に置き、突っ伏している。
亜紀は意を決したように唾をのむと、瀬名の右手を優しく握った。
「瀬名くん、私ね?あなたのことが好きみたいなの。」
自らの想いを伝える亜紀。
少し卑怯かもしれないと思いながらも、しっかり面と向かって言う時のために自分に嘘をつかずに本当のことを話す。
「あなたの負けず嫌いなところ、少しお茶目なところ、でもしっかり筋は通すところ。全部大好き。」
その時、瀬名の身体がほんの少しだけピクッと動く。
しかし亜紀はそれに気づかずに告白を続けてしまう。
「私はあなたの夢を応援するよ。そして、もしよかったら…」
愛おしそうに瀬名の右手を撫でながら。
「自動車部としての活動が終わっても、私と一緒にいてほしいな…。」
そこまで言って、亜紀は異変に気が付いた。
「それ、マジなんスか…?」
瀬名はゆっくりと身体を起こす。
寝起きの彼の目に最初に飛び込んできたのは、顔を真っ赤にして驚く亜紀だった。
「ふぃ~。やっぱ大浴場はいいな!」
「可偉斗さんよくのぼせませんね。京一さん死にかけてるじゃないですか」
「だいじょうぶ…たくま、しんぱいしないで…」
京一は顔どころか全身をゆで蛸みたいにしてフラフラと脱衣所に入る。
彼はそのまま扇風機の前に直行した。
「…。」
「どうした?琢磨、お前最近様子おかしいよな?」
琢磨の挙動がおかしいのは、傍から見ても明らかだった。
楽しく話していても、ふとした瞬間に表情が曇る。
「悩み事ならあんまり深く考えない方がいいよ~」
扇風機の風に当たって復活した京一が言う。
「悩み事…というかなんというか…。」
服を着て、脱衣所から出る。
琢磨の脳はこのもやっとした気持ちの理由をフル回転で探していた。
「おれたちはホテルのF1とかが展示されてるエリア見に行くけど、琢磨はどうする?」
「いや、オレは大丈夫です。ちょっと疲れたからテントで横になりたいんで」
「おっけー!僕たちもすぐ戻るから!」
そう言って可偉斗たちと別れた琢磨は、テントに戻る。
テントの入口で彼は異変に気付く。
やけに空気が甘ったるい。
テントの中を覗いた彼は。
重なった頭の影を見て、この奇妙な感情が『嫉妬』であると気づいたのだった。