作業中
5月20日、光岡大学。
日曜日を挟み、疲労を取った面々は。
またここ、いつものガレージへと集まっていた。
「6月のダートトライアル選手権と8月の全日本は京一の状態も考えて辞退することとする。その代わり、10月の耐久レースは死力を尽くして戦うぞ。」
星野がホワイトボードをコンコンと叩きながら話す。
真面目に聞いている可偉斗と亜紀をよそに、京一と1年ズは指スマをしている。
「京一、面倒見がいいのは良いことなんだけど…今俺喋ってるやんか。」
困惑気味に星野は呼びかける。
それを聞くと3人は全く同タイミングでぬるりと前を向く。
指スマをしていた手はお膝に。
「はい、よくできました。じゃあまた喋るよ。」
星野はホワイトボードから目線を外し、ガレージの奥に置いてあるダイハツ・コペンに目をやった。
あのコペンは、去年京一がとんでもない追い上げを見せた時に乗っていたマシンである。
「今年もあのコペンを使う。金がかからないのは良いことなんだが…1つ問題があってな。」
「トランスミッションですか。」
このまま2速が使えない状態では、大都大学に勝つなんて夢のまた夢である。
可偉斗がそう言うと、星野は困ったような顔をして頷いた。
「どうやらミッション周辺の部品を丸ごと変えなくてはならないらしい。長い作業になる。」
それを聞いた亜紀と琢磨は目を見合わせて。
「「頑張ります!」」
良い声で返事をした。
「じゃあ、あとは頼んだ。戸締り忘れるなよ。」
「ハイ!私たちなら大丈夫です!!」
その返答を聞いた星野の喉から『お前らだから心配なんだよ』という言葉が出かかったが、ぐっと飲み込みガレージを後にした。
時刻は午後5時半。
日も傾き、綺麗な夕日が辺りを紅に染めている。
「琢磨くん、そこのレンチ取って~」
「これっすか?はい、どうぞ」
「サンキュ~」
綺麗な夕日なんぞには目もくれず、ひたすらクルマの底面とにらめっこ。
この2人、知識では最近勉強した琢磨の方が上かも知れない。
しかし、手際の良さや整備の正確さでは依然として亜紀の方が優れていると言わざるを得ないだろう。
整備用リフトに潜ってきた年月が違うのだ。
琢磨は現在、亜紀の助手的な役割をしている。
職人技を、見て盗む。
ところで。
自動車の整備は楽しいが、ありえないくらい時間がかかる。
1人でやるときは音楽をかけるなど、何かしら暇つぶし要素も必要だ。
2人以上なら、雑談をしない手はない。
「琢磨くんって好きな子いるの?」
初っ端から恋バナを振ってくるのはいささかヤバいと思うが。
「いないっすよ。強いて言うなら今いじってるこのコペンちゃんですかね。」
「いいねぇークルマオタクしてるねぇー。」
亜紀としては期待していた解答は得られなかったが、無茶な問いに答えてくれたことが少し嬉しかった。
「亜紀さんは瀬名のことが好きなんですよね?」
亜紀は飲んでいたスポーツドリンクを勢いよく吹き出す。
「は!?!?」
それを見た琢磨は息ができなくなるくらい爆笑する。
ひとしきり笑ったのち、彼はこう続ける。
「おとといの大会での帰り道、ちょくちょくどさくさに紛れて瀬名にくっつきに行ってるように見えました。かと思うと急に距離を取ったり。」
琢磨の観察眼は、こういうところにも表れる。
「そ…そんなことないから…」
顔を真っ赤にして答える亜紀に、琢磨は笑いながら。
「そんなことないですね、分かりました。で、アイツのどこが良かったんですか?」
「全然分かってない!!!」
からかうように作業を再開した琢磨の肩をポコポコ殴る亜紀は、少し考えると。
「…好きなものに本気になれるところかなぁ…。」
それを聞いた琢磨は作業の手を止める。
「プロになるって聞いて、正直びっくりしちゃった。私だったら、チャンスがあっても身を引いちゃうと思う。」
亜紀は星野との対決で惨敗を喫した瀬名と、思うように走れない自分を重ねていた。
「瀬名くんはあんなことがあっても自信を失わずに、むしろ燃えてる。そんなところがすごくカッコいいなぁって…」
亜紀はそこまで話して、自分が何を言っているかを理解した。
直後、羞恥でうずくまる。
「ごめん!!マジで変なこと言ってるかもしれない!!忘れて!!!」
琢磨はそう言う亜紀の肩に手を置き。
「亜紀さん、あなたはアイツのことをよく見てますね。それはオレがアイツの親友になった理由と一緒ですよ。」
日も完全に落ち、辺りは暗くなっている。
琢磨は工具を片付けながら、ボソッと。
「オレは応援します。頑張れ、師匠。」