光速の貴公子
『『アブダビグランプリ…ウィナー!Sena…Fushimi!!!』』
やっぱり、最高だ。
ここからの景色は。
早くシャンパンを開けたくて仕方がない。
手渡されたトロフィーを掲げると、手早く足元にそれを置いた。
聞こえてくるのは母国の国歌。
君が代のテンポが、やけに遅く感じる。
元からこんなもんだったっけ。
「『早くシャンパン飲みたくてウズウズしてんだろ?…何故だか知らんが、オレもそんな気分だ。』」
左から聞こえてくるのは、自分を勝たせてくれたチームメイトの声。
「『トップがお前ってのが気に喰わんが、歴史的瞬間に立ち会えた。…それだけは、誇りに思うぜ』」
周の笑顔が瀬名に向いたのは、これが初めてだった。
「『おい、ルイス。さっきからだんまりじゃねえか?ショックで死んだか?』」
瀬名の身体越しに、ルイスを覗き込む。
「『…起きてるぜ、周。』」
鋭い眼光で周を睨み返す。
だが、その表情はすぐに柔らかいものに変わった。
「『確かに、ショックも多少はある。多少はな。でも、素晴らしいレースができたと俺は思うよ。』」
だから…。
「『勝ったのが誰だって、構いやしないさ。』」
なぜなら、俺たちは全員でレーサーなんだから。
たまたま、今日は瀬名が勝った。
それだけの話である。
今日は祭りだ。
『『それでは…ドライバーの皆さん、シャンパンをお開けください!!!』』
その声を聞いた周は、一心不乱に瓶を振りだした。
またあの派手な開け方をやるつもりだ。
「『…瀬名。』」
ルイスが声をかける。
2人は瓶と瓶を合わせる。
『キンッ』と澄んだ音がした。
「『乾杯だ。…今日は、寝れないと思っておいた方がいいぞ。』」
報道陣はシャンパンファイトの会場、すぐ横に詰めかけている。
瀬名は『疲れてるのにな』と苦笑。
3人は各々のやり方で、シャンパンを開ける。
表彰台のセットが壊れるほどに暴れまわるドライバーたちを、止められる者はいなかった。
アブダビの煌びやかな夜景。
その片隅に、ひと際明るく輝く場所がある。
だが、その熱もピークを越えて次第に冷めていっている。
その中心にいるのが、彼だ。
伏見瀬名。
彼は彗星のごとく現れ、あまりにも綺麗な尾を残して去っていった。
人は彼を、自身と同じ名を冠したかつての伝説になぞらえてこう呼ぶ。
『光速の貴公子』と。