THE TOP
ファイナルラップ。
俺たちは今、世界の頂点にいる。
すっかり陽の落ちた宵闇に、ただ轟音がこだまする。
エキゾーストノートであれ、観客の声援であれ。
俺たちが1つになっていることに変わりはない。
燃料の匂いが、レースの終わりを告げている。
…あと1周で全てが終わる。
そう考えると寂しい気もするが。
また、新たな物語が始まるんだと思えばその限りではない。
いつまでも頂点にいられると思うな、ルイス・ウィルソン。
生意気こいてんじゃねえ、伏見瀬名。
両者は共に、挑戦者。
新たな記録にチャレンジするか、新たな伝説を作るか。
ここに至るまでに踏んだ場数や道筋は違えども、運命に導かれて2人は戦っている。
さあ、見せてくれ。
THE TOPの走りってやつを。
ホームストレートを横一線で通過する2台。
ファイナルラップ、開始。
すぐに1コーナーのブレーキングが待っている。
イン側に陣取っていたのはルイス。
トップを取り返す。
「『…今まで、色んな事があった。』」
「『アンタと初めて会ったのが10か月前だなんて信じられないぜ。』」
バーレーンに始まった関係は、常に最適な距離を保ちながら。
もう、2人は互いを親友として認めあっているだろう。
「『フィアンセは元気にしてるか?瀬名。』」
「『おう、結婚はいいぜ。ルイスも早く相手を探せよ』」
「『ハハ、検討しておく。』」
時速は250を超える。
普段の重力の何倍もの重さが、横方向にかかる。
だが、2人は笑っていた。
「『それにしても、キミの雨での速さには驚いたよ』」
「『集中したときの、ルイスの強さにもな。』」
ロングストレート前、ヘアピンカーブを時速80キロで通過。
ストレート、DRS稼働域に入る。
「DRS、起動!!!」
「『…来るのか…!!!』」
直線速度が強化された瀬名が、ルイスに並びかける。
「『バーレーンの時はこうして横に並ぶことも叶わなかった。だけど今は違う。』」
「『…ああ、キミの成長には目を見張るよ。…だからこそ、これで終わりなのが本当に残念だ』」
奇しくも2台のタイヤは、あの時と同じ。
ストレート後半で瀬名が完全に前に出る。
形勢逆転で、第二のストレートに入っていく。
「Activate the DRS…!!!」
「『まあ、そう来るよね…!』」
当然、今度はルイスがDRSを起動。
またもワールドチャンピオンシップリーダーが入れ替わる。
残りのコーナー数は6。
いよいよ、クライマックスである。
「『一応聞くけど、譲る気は?』」
「『あるわけねーだろ!!!』」
瀬名は後ろにピッタリ張り付いて機を窺う。
残り5つ。
少々強引に、インへ車体を捻じ込む。
残り4つ。
完全に横に並びながら、コーナーをクリアしていく。
3。
「『おいルイス、目がガチだぜ。リラックスしていけよ…』」
「『ヒトのこと言えんのかよ…!』」
2。
観客の声援は最高潮に。
もはや悲鳴交じりのその声は、マシンのエンジンから放たれる轟音をいとも容易く消し去っていた。
1。
ファイナルラウンド、ファイナルラップ、ファイナルコーナー。
まだ2台は並んでいる。
だが、瀬名は。
「悪いな、ルイス。」
ニヤリと笑みを浮かべて。
「俺は同じような状況で、一度負けてんだ。だから…」
アクセルを踏むのは、これで最後だ。
最後の直線、最後の一瞬。
「俺はもう、勝つしかねぇんだよ。」
なぜか?
一度見た景色をもう一度見ても、つまんねぇからだよ。
見てえだろ?
ワールドチャンピオンの、表彰台の一番上から見る景色を。