噴水
過ぎ去っていくルイスを、呆然と見つめるカレル以下2位集団。
曲がりくねった1~3コーナーを抜けると、ルイスはもうスリップストリーム圏内ギリギリまで遠ざかっていた。
そこで待ち受けるのは第二ストレート。
長い直線。
4台の中で一番最初に我に返ったのは、意外な人物だった。
縦一直線に並んだ車列から、勢いよく横に飛び出す。
「『これは…チャンスだ…!!!』」
今、この瞬間集団を抜け、ルイスについていくことができたら。
悲願は達成できる…!
この第二ストレートも、DRS使用可能区間。
「激活的 DRS…!」
周冠英が、DRSを起動する。
瀬名とカレルをかわして暫定2位浮上。
ルイスのスリップストリームはまだ有効圏内。
「『死ぬ気で…付いていくんだ…!!!』」
走りに鬼神は宿るものではない。
寿命を、身体を削って、宿すものである。
周は冥界の鬼神を自力で引きずり出し、その身に『宿らせた』。
鬼気迫ると言えば月並みだが。
何か訳があって走っているとしか思えない荒々しくも美しい、それでいてオーラも感じるような走り。
そして何より、周は速かった。
6周目のタイムは、ソフトタイヤであるルイスから0.4秒落ち。
通常ソフトタイヤとハードタイヤのタイム差は1.5秒ほどであるから、周の速さが異常であるのは明確だろう。
あのルイス・ウィルソンを事実上0.9秒上回ったのである。
スリップストリームがあるとはいえ、これはとんでもない事だった。
事実、カレル以下3人は、次第に周から引き離されていく。
最初は、カレルも追おうとプッシュする素振りを見せた。
だが、ついていけない。
今日の周に勝てる者は、集団に居なかった。
強いて言えば瀬名であるが、周を追うにはまずカレルを抜かなければならない。
そのバトルで生じたロスで、周はさらに遠くへ行ってしまうだろう。
120%の力を発揮した周を、追うことはできなかった。
そして、その周をさらにキッカリ100%の力でねじ伏せたのが、ルイス・ウィルソンである。
F1において、というか。
モータースポーツにおいて速さは水物。
その日の調子によりけりで、絶対的なスピードは変わってくる。
そして各自の絶対的なスピード、その平均値で、相対的なドライバー間のパワーバランスというものは形成されるものなのである。
そして現状、そのパワーバランスの頂点に君臨しているのがルイスというドライバーなのだ。
だから、人は彼を『絶対王者』と呼ぶ。
そして今日、周はその絶対王者のキッカリ100%に匹敵するパフォーマンスをした。
たとえこの力が二度と出せなくとも、このレースは永久に彼の中で力になり続けるだろう。
表彰台の二段目に昇る彼の表情はとても晴れやかで。
未だかつて見た事のないような、弾けんばかりの笑顔だった。
「『よっしゃあああああつめてえ!!!』」
「『…ほれほれ、飲め飲め…おや、周の口は…』」
「『それ毎回やんのね、カレル。』」
カレルに襟からシャンパンを注ぎ込まれた周は、冷たさに悶える。
既にルイスとカレルは瓶の栓を抜き、シャンパンファイトに打ち興じている。
周が表彰台に乗ったのは、これが初めてのことだった。
「『ほら早く栓を抜きなよ、周。一緒にカレルにやり返そうぜ』」
「『…かかってこい。』」
肩を抱き囁くルイスと、仁王立ちで構えるカレル。
周は表彰台からの景色を見渡す。
眼下には大量の群衆。
そしてその中から、見知った顔を1人見つけた。
…なんでお前が勝ったみたいな、嬉しそうな顔をしてやがる。
勝ったのはオレだ。
今日勝ったのはオレだぞ。
悔しがる様子がないのなら、意地でも悔しくなるくらい目立ってやる。
笑顔で拍手をするチームメイトへの抗議の気持ちで、シャンパンの瓶を振る。
振って振って、振り倒す。
中のシャンパンが異常なまでに泡立ち、今にも栓をしているコルクが弾けとばんばかりだ。
ひとしきり激しく瓶を振った後、周は表彰台から飛び降りて舞台に立つ。
すると、瓶の上の方を持って、その腕を振り上げる。
頂点に達した腕を、そのまま重力と自らの膂力によって勢いよく振り下ろす。
瓶の底を、割れない程度の強さで地面に叩きつけた。
すると、瓶の中のシャンパンは今までよりもさらに勢いよく泡立ち。
そのかさがみるみるうちに増えていく。
そのままコルクをグイグイと押し出し、最後にはコルクが吹き飛んだ。
シャンパンが噴水のように勢いよく吹き出る。
その最高到達点は、3メートルほどに達した。
「『派手だね~~~!嫌いじゃないよ、その開け方』」
「『だろ?行くぞ、ルイス!』」
「『おう!』」
瓶を両手で構え、2人はカレルに飛び掛かる。
「『…おし、迎撃用意。』」
対するカレルも、瓶を大砲のように小脇に抱えて迎撃。
どうだ、瀬名。
羨ましいだろう?
オレは今、最高の気分だ。