サンパウロ
「瀬名くんは今回も単独行動するって?」
「そうらしいっすね。まったく、オレよりもルイスさんたちの方がマネージャーやってるまでありますよ」
優次、琢磨、可偉斗のチームトヨタ日本人勢は、旅客機での移動中。
「琢磨はそれでいいのか?もっと親友2人水入らずで世界を回りたいとか思ったりは…」
「いや、特にはないっす」
思ったよりもドライな返事に、他の2人は少々驚いた。
だが、琢磨はさらにこう続けた。
「それは今年が終わって、アイツがレースを引退してからもできることですから。オレが車いす押してやればいいし。」
窓の外は一面の海と空、二色の青が広がっている。
「でも、F1ドライバーとして仲間たちと世界を回るってのは、アイツは今年しかできないんです。」
機内はとても静かで、風切り音とエンジンの駆動音がかすかに聞こえてくるだけ。
「『F1のピットにはお前が必要だ』って言ったのはアイツなのに…とはたまに思いますけどね。本当アイツは人たらしです。悪い男ですよ」
「フフッ、そうだな。おれたちは皆、アイツにたらされてきたんだ。」
「可偉斗さんも暇があったら、一緒に旅行に行きましょう。アイツはどうせ亜紀さんも誘いたがるから、自動車部のメンツで。」
「どうだかな…この仕事には暇なんてものはない。誘いは嬉しいがね」
可偉斗はリクライニングを倒し、背もたれに身を預けた。
「優次さん、裕毅くんの件はどうなってますか?」
「ちょくちょく連絡はくれている。順調そうだよ。あとは、レンペルがコンストラクターとして認められるかどうかってところだね」
「トヨタの姉妹チームとして、ドライバーは一枠だけのコンストラクター。異例のことですが上手くいくといいですね」
「キミは『上手くいくといいですね』と言える立場ではないぞ琢磨くん…キミは仕事が出来すぎる。事情のある瀬名くんと違って、トヨタが1年だけで放してくれるとは思い難いよ。」
琢磨は嬉しいような嫌そうなような、なんとも言えないにやけ顔を披露する。
「せっかく今年が終わったらようやくゆっくりできると思ったのになぁ…」
「恨むんなら瀬名くんを恨んでね。全ては彼のやる気と実力がありすぎた事が原因なんだから」
優次は笑いながらそう言う。
3人の表情は、どれも幸せそうだった。
キィーーーン…
せわしなく、次々と飛行機が発着していく。
ここは日本から見て地球の裏側。
ブラジル・グアルーリョス空港。
サンパウロ市街から少し離れたところにあるこの空港。
瀬名たち一行は、そこからタクシーに乗ってとある場所へ向かっていた。
「『瀬名、インテルラゴスはそっちじゃないよ?』」
「『いや、その前に寄って行きたいところがあるんです』」
瀬名が指定した場所は、木々が生い茂る緑豊かな場所だった。
そこに到着したとき、ルイスはピンと来たのか納得した顔で瀬名についていく。
「『ここって何?公園?』」
「『…ピクニックでもするのか?』」
正解は…。
「『…お参りです。』」
草原の中に、多数の花束が手向けられた場所がある。
その中心には銅色の板が埋め込まれており、こう書かれていた。
『Ayrton Senna Da Silva 1960 3/21~1994 5/1』
「『…セナの…墓か。』」
「『そうです。ブラジルに来たら絶対にここには来ておかないとと思ってました。』」
瀬名は手を合わせ、目を閉じる。
ブラジル式のお参りの仕方なんて知らないから、そうするだけ。
お参りはカタチや作法なんかよりも、相手を想う気持ちが大事なのだ。
セナは生前、日本とも深い交流があったという。
その日本に生まれた同名の戦士が、かつての伝説の墓に手を合わせる。
「『…行きましょうか。』」
「『もういいのか?別に時間はたっぷりあるし、もう少しゆっくりしていってもいいんだぞ?』」
ルイスのその言葉に、瀬名は首を振る。
「『もう、伝えたいことは伝えたから大丈夫。』」
瀬名がセナに伝えたかったこと。
それは。
「『この名前で生まれてこれて良かった。そして…』」
瀬名は墓地を後にする。
「『貴方を、超えに来ました。ってね。』」