ポイント
「『オレの忠告を聞かねえとはいい度胸じゃねえか。』」
「『勝ったんだから無問題だろ?』」
「『発音が全然違ェぞ。だが…全く、なんであの状況で走れるんだかね。』」
ピットに戻ってきた瀬名を、周は手を取りコックピットから手荒に引きずり出す。
「『今回は途中でレースが中止になった。全周回数の半分をクリアできていないから、チャンピオンシップポイントは半分になる。』」
「『あら残念』」
「『1ポイントを笑う者は1ポイントに泣くぞ。実際、お前は現状チャンピオンシップリーダーのルイスから3ポイント差につけているんだ。』」
F1にも、ポイント制度というものがある。
選手部門のワールド・ドライバーズ・チャンピオンシップ。
マシン製造者・チーム部門のワールド・コンストラクターズ・チャンピオンシップ。
瀬名は現状、ドライバーズチャンピオンシップでルイスに次ぐ2位につけている。
今後、特に明記がなく『チャンピオンシップポイント』の話題が出てきた場合はこのドライバーズチャンピオンシップのことを指す。
各レースごとに1位から10位までが入賞し、ポイントは上から順に25-18-15-12-10-8-6-4-2-1点となる。
第12戦終了時点でのルイス、瀬名両名のポイントは202.5と199.5。
かなりの接近戦となっている。
初年度でのワールドチャンピオンがとうとう現実味を帯びてきた。
Q.近年まれにみるワールドチャンピオン争いだと思います。意気込みはありますか?
「『近年まれにみる、って大体ルイスが勝ちすぎるせいですよね。俺としては一戦一戦を大事に戦って、勝っていくだけだと思います。』」
「『もちろん瀬名は物凄いドライバーだけど、俺も8度目のワールドチャンピオンを譲る気はないよ。まだまだ負けんさ。』」
Q.お互いにとってターニングポイントとなりそうなレースはどこになると思いますか?
「『第18戦、ブラジルグランプリですかね。俺の名前からしても分かる通り、ブラジルにいるアイルトンファンの皆さんのためにも勝ちたいという思いがあります。』」
「『インテルラゴスサーキット…ブラジルだね。俺はあそこを落としたことは未だない、得意なコースなんだ。だからこそ、あそこで瀬名がどこまで食い下がってくるか…』」
Q.ご自身が勝つと思われる確率を教えてください。
「『100%。当たり前でしょ?』」
「『100に決まってるじゃん。キミ、インタビュアー何年目よ』」
Q.相手にひと言、メッセージをお願いします。
「『楽しもうぜ!俺が勝つけどな!』」
「『瀬名、結婚式には呼んでくれよ。…あれ、これ言っていいやつだった?』」
『『瀬名選手、結婚式ってどういうことですか!?!?』』
「『まてまてまてなんでバレてる!?!?』」
報道陣から逃げ回る瀬名。
騒がしいピットロード。
雨はまだ止む様子を見せず、そこかしこを透明なレインコートを着た人間がうろついている。
メディアへの説明から逃げるために瀬名が鬼ごっこを展開している間に、他のドライバーたちは近くのホテルに帰っていった。
そのホテル内のカフェ。
コースを見下ろせるところで、優雅にティータイムをするいつものメンバー。
レースが雨によって早く終わったので、日はまだ落ちていない。
おやつタイムと言った具合だ。
「『瀬名、遅いねえ』」
「『彼は優勝したからね。そりゃメディア対応も大変でしょ』」
窓の外を眺めながら紅茶を啜るルイス。
白々しいにも程がある。
大体原因は自分でも分かっているはずだ。
「『…それにしても速くなったものだな。瀬名は。』」
「『ぼくらなんかもう相手にならなくなっちゃったもんねー。』」
クッキーを頬張りながら感慨に浸るフェラーリ勢。
「『…そうだ。ルイス、あの話は考えてくれたか?』」
「『ああ。来年まではメルセデスとの契約があるから無理だが、再来年からならできるとチームとも話がついている。』」
「『…なにそれ?ぼくその話知らないよ』」
クッキーを紅茶で流し込んで飲み込み、ジャンニは不思議そうに聞く。
「『…瀬名が1年契約だということは知っているだろう?』」
「『ああ。でも瀬名、そのことについてあんまり喋らないんだよね。『決めてたことなので』としか言わない。もったいないと思うけどなー』」
手を頭の後ろで組み、背もたれに寄りかかって話を聞く。
「『…瀬名がいなくなれば、トヨタに空席ができる。』」
「『まあ、そうだな。』」
現在F1では、1チームあたり2人のドライバーが在籍することが通例となっている。
「『で、カレルから提案されたんだけど…再来年から俺はトヨタに移籍することになった。』」
「『…正確には、タクマ氏からだ。私は仲介をしたに過ぎない』」
あのプロポーズの時、琢磨からカレルに業務連絡が行っていた。
「『マジか。7年間いたメルセデスから移籍って、これ相当なスクープになるんじゃない?』」
「『人の流れやチーム状況は水物だ。あんまり重く受け止め過ぎない方がいいと思ってな。』」
7度もチャンピオンになったルイスにとっては、友からの提案は数億ドルの契約よりも優先すべきものになっているのかもしれない。
ルイスがカップから口を離すと、眺めていた窓ガラスに1人の人影が映った。
「『…遅かったじゃないか、瀬名。』」
「『誰のせいだと…』」
ずぶ濡れで、眉をヒクつかせた瀬名がそこには立っていた。