チャンプ
瀬名たち一行は、また日本から旅立っていく。
空港まで見送りに来た友人たち。
その中には、もちろん亜紀の姿もあった。
またねと手を振る彼女の左手には、きらりと光る控えめな輝きが。
瀬名はそれを見届けると背を向け、仲間たちの待つ方へと消えていった。
「『いやー。マジで瀬名はおめでとうだね。』」
「『…二重の意味で…だな。』」
優勝、婚約。
瀬名は今、人生の中で最も幸せを感じている。
「『最後の一周、凄まじかった。三輪で走り切る根性にはアッパレだよ』」
日本グランプリで2位を獲得したルイスも祝辞を贈る。
4人を乗せたプライベートジェットは、ルイスの故郷であるイギリスへと向かっていた。
「『次のレースまでは時間がある。この休みに俺の家にドライバーを全員招待して、パーティーをやろうと思ってるんだ。』」
「『豪勢だな。人、入りきるのか?』」
ルイスの提案に、瀬名は率直な疑問を投げる。
「『…瀬名、その調子だと実際にルイスの家を見たら腰を抜かすぞ。』」
カレルは目を閉じ、ふぅ~と息を吐いた。
「『ぼくの友達の女の子たちも呼んでいいー?』」
「『いつもの子たちか?いいぞ。華があった方がいいからな』」
年に一度、ルイスはこのパーティーを行っている。
ジャンニのように友達や家族を連れてくるドライバーたちも珍しくないのだとか。
許可を得ると、ジャンニはスマホをいじり始めた。
「『そういえばジャンニさんって彼女っていうかガールフレンドっていうか…そういう人はいないんですか?』」
控えめに言って、ジャンニは顔が良い。
女子の一人や二人侍らせていそうなものではある。
「『いない。ってか、1人の彼女よりも沢山の女友達がいたほうが楽しいでしょ』」
スマホに目線を向けたまま、そう言うジャンニ。
すると、カレルが瀬名に耳打ちする。
「『(…ジャンニはああ言っているが、実際は女子と仲良くなっても友達止まりになってしまうのだ。彼女ができないと相談されたことすらあるぞ)』」
「『カレル~?』」
「『…何も言っていない。』」
イギリスに着いた一行は、森に走る峠道を車で走っていた。
「『都会の一等地に家があるってわけじゃないんだな。』」
「『ああ。オフシーズンにのんびり過ごす場所だ。だから、田舎に土地を買った。』」
木々の合間から、大きな屋敷が姿を現した。
「『あそこだ。着いたぞ』」
「『はー。おしゃれな豪邸だこと。』」
住宅地から少し離れた、山の山頂近くにある屋敷。
白と黒を基調とした、モダンな邸宅である。
「『他のみんなは夕方になってから来るって言ってる。それまではのんびりしていってくれ』」
瀬名が一番に聞いたことはこれであった。
「『なあルイス、ガレージ覗いていいか?』」
「『かまわんよ。ほい、これ鍵。』」
軽くポンとカードキーを渡すルイス。
「『俺はディナーの準備をしてくる。敷地内は自由に見て回ってもらっていいからな。』」
そう言ってルイスは玄関から家の中に入っていった。
「『さてさて…ルイスはどんなクルマをお持ちなのかな…?』」
カードキーをピッと当てると、ガレージのシャッターが徐々に開いていく。
「『…。』」
絶句。
「『そうそう。ぼくも初めて見たときそんな顔になったよ。』」
メルセデス・AMG ONE。
お値段3億8000万円のハイパーカー。
サーキットにおける全世界最速の市販車である。
「『…5回目のワールドチャンピオンの時に、メルセデスから贈呈されたと言っていた。』」
「『そうそう。自分で買ったわけじゃないんだよね。』」
「コぉ~…」
魂の抜けた声を発しながら、瀬名はその場にへたり込む。
「『ほら、だから言ったでしょ?気を抜いてたら腰抜かすよって』」
やはりチャンピオンは、格が違った。
23:12瀬名『亜紀さん、やっぱり将来は大きな家に住みたいですか?』
寝る直前、彼からメッセージが届いた。
彼は今イギリスって言ってたよね。
向こうはお昼かな。
…そして、なんだこのメッセージは。
意図はよくわからないが、素直に返しておくことにしよう。
23:13亜紀『5人暮らしでも、窮屈にならないくらいならいいかな!』
今から考えることか?と自分でも思うけど。
私は、3人は欲しいかな。




