宝石
「『宝石店?』」
「『はい。お二人なら世界中行ってるし、知ってるかなーと思って』」
3月某日。
今週はレースがなく、ドライバーたちは思い思いの活動を行っている。
「『…何買うんだ?』」
「『内緒です』」
「『なんのこっちゃ』」
瀬名はフェラーリの2人と共に、開幕戦を行ったバーレーンにまだ留まっていた。
「『とは言ってもねぇ…この小さい国じゃあデカい宝石店はないでしょ』」
「『…それに、中東は物価も高い。』」
バーレーンの面積は750キロ平方メートルほど。
東京23区と大差ない。
そして、その国土の半分以上は砂漠で構成されている。
「『やっぱ国を出ないとですか…』」
「『ま、次のレースも近くなってきてる事だし。そろそろ移動するかね。』」
そう言って、ジャンニは席を立つ。
「『え、移動って今からですか?』」
「『?。そうだけど。』」
ジャンニの言葉を聞くと、おもむろにカレルがスマホを取り出して何者かに電話をかける。
通話相手の声も、かすかに聞こえてくる。
『『はい。』』
「『…カレル・サインツだ。ルイスに繋いでほしい。』」
『『少々お待ちください。』』
通話相手の女性が離席してしばらくすると、この間聞いた声が聞こえてくる。
『『おう、カレル。どうした?』』
「『…そろそろ移動しようと思う。申し訳ないがいつものを頼む。』」
『『了解了解。そうだ、瀬名はどうなってる?』』
「『…一緒に行く。』」
カレルは一瞬瀬名の方をチラリと見ると、電話先のルイスにそう告げた。
『『OK。じゃ、空港に向かってくれ。』』
それだけ言い残して、ルイスは電話を切った。
「『なんの電話ですか?』」
瀬名は疑問をそのまま口に出す。
それに答えたのはジャンニだった。
「『ルイスのプライベートジェットをチャーターしたの。ぼくらはいつもそれで移動してる。』」
「『はぁ!?』」
驚きを隠しきれない。
流石にスケールが違い過ぎる。
「『…慣れろ。瀬名。』」
無茶である。
「『よく来た。さあ乗って乗って。』」
ルイスの黒いプライベートジェットの前に到着した一行。
その機体はルイスがドライブするマシンと同じカラーリングが施されている。
「『瀬名、チームの人たちには説明してきたか?』」
「『ああ、『楽しんできてね~』って絵文字付きで返されたよ』」
今回は瀬名と、チームトヨタの一行は別行動。
そこまで気を回してくれる、出来る男・ルイスウィルソン。
「『ルイス、シャンパンは無いの?』」
「『無い。シャンパンは表彰台に立った時だけって決めてるからな。』」
「『フゥ~!カッコいい~』」
シャンパンの代わりに手渡されたビールをグラスに注ぎながら、ジャンニは声を上げる。
「『…ルイスが表彰台に上がらない方が珍しいと思うがな。』」
「『カレルの言う通り!年1あるかないかだろ。』」
4人を乗せた飛行機は中東を出発し、現在太平洋南部上空を巡航中。
「『で、なんでこのタイミングで移動を?』」
ルイスも、ジャンニが各人に注いでくれたビールを手に取りながら聞く。
「『瀬名が宝石店に行きたいんだと。でも何買うか教えてくれねえんだ』」
グラスをあおりながらジャンニが説明をする。
「『ほぉ~…。』」
ルイスは対面に座った瀬名を、上から下までじっくり見る。
そして、顎に手を当てるとニヤッと笑い。
「『…指輪だろ。』」
「『ギクッ』」
「『もっと言えば、女だろ。』」
「『ギクギクッ』」
わざわざ声に出す瀬名。
それはもはや肯定である。
「『…ま、そういうわけです。分かりました?ジャンニさん』」
「『なるほどねぇ~。瀬名も隅に置けないところあるじゃん』」
「『…式はいつだ?』」
ニヤニヤと暖かい目で見るジャンニ、気が早いカレル。
「『いつ渡すんだ?』」
「『日本グランプリの時に渡せればいいなー、とは思ってる。その時に勝てたらなおいいけど…。』」
「『手加減はしないよ。俺のポリシーに反する』」
意外とドライなルイス。
「『もちろんそのつもりだ。手加減された勝利なんぞ勝利じゃないからな』」
「『フゥ~!カッコいい~』」
飛行機は、もうすぐ着陸する。