戦績よりも
辺りにはスピーカーから流れるジャズ音楽が響いている。
「『な、何のことかな~?』」
口笛を吹きだすジャンニと、硬直する瀬名、カレル。
ここにいる全員、あまりにも嘘がヘタクソすぎる。
「『何を言う。俺が物事を見紛うと思うか?』」
これはチェックメイトである。
終わった。
「『…ル、ルイス。我々は何か企みがあるわけでは…』」
慌ててカレルが弁明を試みる。
だが、紅茶のカップで隠れていたルイスの口元が露わになると、彼は『なぜ3人が焦っているのか分からない』といった表情をしていた。
「『ん?ああ、別に協力体制を咎めようとかそんなんじゃないぞ?』」
「「「『えっ』」」」
今一度紅茶に口を付けると、ルイスはそれを一気に飲み干した。
「『ただ、気になったんだ。名門・フェラーリの2人が、なぜ新人と協力関係を築いたのかを。』」
ルイスはこの同盟に何か意味があると考えた。
ジャンニやカレルに直接聞いても、躱される可能性が高い。
正直に答えてくれそうな新人君に聞くことにしたのだった。
結果的には結局2人もついて来てしまったが。
「『基本的に他チームのことには興味がないんだ。だから上にチクろうとも思わないが…今回は少々疑問に思ってな。』」
3人はホッと胸を撫でおろす。
が、どう答えようか。
ジャンニとカレルが返答に困っていると、瀬名が口を開いた。
「『俺たちは…ルイス、あなたを倒すために協力した。』」
敬語はいらないと言われ、たどたどしい常体で正直に告げた。
「『…え?なんで?』」
「『あんたが勝ちすぎるからだよッ!F1全体のパワーバランスが崩壊してんの!!!こうでもしないと勝ち目ないの!!!』」
同盟を持ちかけた元凶とも言えるジャンニが、吹っ切れたようにルイスの頭をペシッとはたいた。
それによって崩れた髪を直すこともせず、ルイスは真面目な顔で口元に手を当てて言う。
「『…そうか?ジャンニ、キミは俺とタメを張れると5年間思っていたが…違うのか?』」
大真面目なトーンでそんなことを言ってくるものだから、ジャンニもどうしたらいいか分からず。
「『違うも何も…戦績が物語ってるだろうよ。』」
ふてくされたように呟く。
「『俺が言ってるのはそこじゃない。内容を見てみれば、ジャンニもカレルも俺との実力は大して変わりがないと思うんだ。そして…』」
ルイスの目線は、ジャンニから瀬名へ移る。
「『たった1レースで決定づけるのは早計かもしれないが…瀬名。キミは確実に俺よりも速い。』」
「『そりゃないでしょ。だって俺はハードタイヤのルイスについていくのがやっとだったのに…』」
「『それはまだ、キミがマシンに慣れていないからだ。』」
瀬名のその言葉に、ルイスは首を横に振る。
「『キミはストレートの度に俺とのギャップを縮めていたのを覚えているか?』」
「『ああ、だけどあれはスリップストリームのおかげじゃないの?』」
「『それも確かにある。だがキミは、コーナーの立ち上がりが速いんだ。』」
コーナーの脱出の速度は、直後のストレートスピードに直結する。
「『キミの立ち上がりの鋭さは、ジャンニに通じるところがある。』」
「『だってそりゃぼくが立ち上がりについて教えたから…』」
「『だが、ジャンニよりも洗練されているように感じる。』」
「『オイどういうことだ瀬名!ぼくにも立ち上がりのコツ教えろ!逆に!!!』」
腕を組んで師匠ヅラをしていたジャンニは、手のひらを返して教えを乞い始めた。
「『とにかく、今シーズンは俺も根詰めないとチャンピオンが危ういかも知れない。…瀬名、楽しみにしているよ。』」
ポットから追加の紅茶をカップに注ぎ、瀬名に向かって乾杯の仕草だけして見せた。
瀬名は自分がそこまで評価されるとは思っていなかった。
でも、7回も世界一になってる人が言うんだ。
間違いはないはず。
「『キミにとって次のターニングポイントになるのは、第4戦。日本グランプリになるだろう。』」
4月に行われる日本グランプリの会場は、鈴鹿サーキット。
「『地元でどれだけの力を出せるか、緊張に打ち勝てるかがレーサーとしての器の大きさを決定づける。…まあ、それまではゆるゆると行こう。』」
紅茶を一口啜ると、熱さを我慢するかのように目をぎゅっと瞑るルイス。
「『…この熱さが良いんだよね』」
「『多分紅茶ってそうやって楽しむものじゃないよ』」
ジャンニの横やりに、驚いたようにそちらを向くルイス。
「『…なんか、思ったよりもルイスが身近な感じでよかったよ。俺、この世で一番嫌いなものが怖い先輩だからさ。』」
瀬名のタメ口も、徐々に自然さを取り戻していっている。
「『そうか。じゃあこれからも仲良くしてくれ、瀬名。』」
差し出されたルイスの右手に、瀬名もしっかりと手を合わせた。
「『そういえばルイス、何気にさっき『ぼくらよりも瀬名の方が速い(意訳)』って言ってなかった?』」
「『…ジャンニ、気にするな。』」