決意
「なーんもやることねーなー。」
1か月の部活動停止措置を受けた瀬名たちは、特に意味もなく大学内をうろついていた。
その時、暇を持て余した瀬名のスマホが鳴る。
画面に表示された名前は、『小林可偉斗』。
「はい、もしもし?」
『おう、瀬名か。なんか親父が昔なじみのレーサーと飲み会やるらしいんだけど、お前ら来る?』
願ってもないお誘いだ。
星野との勝負に負けた今、瀬名は焦っていた。
一刻も早く実車を速く走らせることが出来るようになりたい、そう思っていた。
実車のレーサーと会えば技術や能力を吸収できるかもしれない。
そう考えた。
「僕らまだお酒飲めませんけど…」
「かまわんかまわん!…だけど…。」
そう言うと可偉斗は申し訳なさそうに。
「その居酒屋、ちょっとアクセスが悪いんだよね」
「俺にハンドルキーパーをやれと」
「そゆこと」
利害が一致した。
若干瀬名が良いように使われている気がするが、彼にとってはまたとないチャンスだ。
二人は足早に集合場所へと向かった。
「ごめんね、付き合わせちゃって。キミたちが可偉斗が言ってた子かな?」
待ち合わせ場所のクルマに乗った二人に話しかける中年の男性。
彼は小林崇斗。可偉斗の父である。
全日本カート選手権からF4を経由してSUPER GT GT300クラスに参戦した。
現在は現役を退いており、家族の時間を大事にする良いパパをやっている。
「いえいえ、プロの方の話を聞けるチャンスなんてそうそうないですから!」
瀬名は心底わくわくした様子で運転席に乗り込んだ。
「へぇ~、星野先生も面白いことするね。」
「ボロ負けだったんですよ。これでも自信あったんですけどねぇ…。」
「ゲームと現実はやっぱり違うものなんですかね?」
二人の質問に崇斗は少し悩んでこう言った。
「一口に『違う』とは言い切れないかな。実際今は富岡くんみたいな選手も出てきてるわけだしね。ただ…」
崇斗は手元を見ていた視線を前に移して。
「モータースポーツは『スポーツ』だ。キミたちは体を鍛える必要があるね。」
一行はしばらく走ったのち居酒屋の近くの駐車場に車を停め、店に入った。
崇斗の友人は先に着いており、席で待っているとの連絡が入っている。
席が近づきその友人の後ろ姿を視認すると、瀬名は奇妙な感覚を覚えた。
『この人、見たことある気がする』と。
瀬名はどちらかというとレースを見るよりも自分で走ることが好きなタイプだ。
レーサーの背格好を覚えることなどほとんどない。
彼が覚えているレーサーは、富岡祐介と後は1人しかいない。
「優次、久しぶり!」
崇斗が手を上げ、声を掛けるとその男はこちらを振り向いた。
「「…松田さん!?!?」」
男は、先のSUPER GT開幕戦で優勝を飾った松田優次であった。
「小林先輩、ご無沙汰してます。」
「ご無沙汰ご無沙汰~、コイツがウチの息子、そしてその友達だよ」
「はい、みんなよろしくね~」
驚きが隠せない瀬名と琢磨をよそに、淡々と挨拶を済ませる松田。
こういったことは慣れているのだろう。
「あの…開幕戦現地で見てました…めっちゃカッコよかったっす!!」
琢磨が勇気を出してそう言うと、無表情だった松田の表情が少し柔らかくなる。
「開幕戦は重要なんだ。1年の命運を占う役割も兼ねている。チームも最高の仕事をしてくれて、勝つことができた。でもなにより、キミたちがそう言ってくれるのが一番嬉しいよ。」
松田はそう言って二人に微笑みかけた。
「優次も凄いよな。俺なんか手の届かないところまで行っちゃってさ。」
「それは若い時に先輩にお世話になったからですよ」
楽しそうにお酒を飲む二人。
松田の表情に笑みが見えることも多くなってきている。
「それで?話ってなんなんだ?」
それを聞いた松田は神妙な表情になる。
彼はなにやら相談をするために崇斗を呼び出したらしい。
「今から話すことは、口外厳禁でお願いしますね。」
子どもたちの空気もピリつく。
「僕は、今シーズン限りで引退しようかと考えているんです。」
四人に衝撃が走る。
「な、なんでだよ。お前はまだ第一線で戦える。」
「そうですよ!開幕戦の走りを見ていても、衰えなんて全然…!」
その瀬名の言葉を遮るように、松田は一枚の書類を出した。
「昨シーズンの途中から目に違和感があったんです。あまり考えたくはなかったのですが…」
その書類は、白内障の診断書だった。
「残念ですが、今後レーサーとして食っていくことはできないと判断しました。」
「優次…。」
瀬名と琢磨、そして可偉斗は下を向いて黙り込んでいた。
しかし、意を決したように瀬名が松田に向き直る。
「松田さん!」
「?」
松田もその声に反応して瀬名の方を向いた。
「俺が、貴方の後を継ぎます!」
そこにいた全員が驚いた。
「ちょ…おま、何言ってんだよ!!」
「正気か?瀬名、おれ達はただの大学生だ。住んでる世界が…」
可偉斗の声を遮るようにして瀬名は続ける。
「俺はSUPER GTに参戦して、貴方の伝説の続きを紡ぎます。今はそんなことできっこないかも知れないけど、いつか、必ず。」
琢磨と可偉斗は瀬名が本気でそんなことを言っているとは微塵も思っていなかった。
しかし、崇斗と松田は違った。
夢を見る若者を、歓迎していた。
いや、夢を見るという表現すら適切ではないかもしれない。
瀬名の目にはそれがしっかりと現実のものとして見据えられていた。
「どうやら本気のようだね。優次、どう思う?」
「そうですね…」
しばらく考えたのち、松田は口を開いた。
「決めました。僕は来シーズンからSUPER GTのチームを立ち上げ、監督として戦います。瀬名くん、待ってるよ。」
それを聞いた瀬名は目を輝かせた。
子供のように。




