テイクオフ
「『なるほどですね。早速明日試してみます』」
「『それがいいよ。』」
瀬名は教わったことをメモにしたためる。
「『…テストは明日が最終日だ。』」
テストが終われば、いよいよシーズンが開幕する。
F1グランプリは通常、現地時刻の金、土、日曜日で行われる。
金曜日にはフリープラクティスをし、コースやマシンの調子を見たりセッティングを出したりする。
土曜日に予選を行ってグリッドを決め、日曜日に決勝が行われるといった具合だ。
瀬名のタイムは日を追うごとに速くなっていった。
ジャンニの教えと、瀬名が持っていた吸収力。
その相乗効果で、テスト最終日のタイムはルイスとフェラーリ勢に次ぐ4位のタイムを記録。
これに焦りを覚えたのが、瀬名のチームメイトである周冠英であった。
「妈的!!!」
アイツはこの3日で死ぬほど上達してる。
だが、オレときたらどうだ?
全20台中13番目のタイム。
ルーキーにしては上出来なんだろうが、オレはただのルーキーじゃねえんだぞ!!!
オレは…オレは周冠英だ!!!
アジアどころか全世界でもトップに立てて、あのルイス・ウィルソンだって倒せるはずなのに!
隣国の、自分の国から出たこともねえ奴に負けるわけがねえんだよ!!!
しかし、周が瀬名と対等なレベルで戦うのはもう少し先の話になる。
周の憤りをよそに日にちは過ぎ、いよいよ開幕したF1グランプリ、開幕戦バーレーンでの予選では。
『『伏見瀬名、Q3進出!!!』』
F1の予選は、Q1からQ3までの3つのセッションで行われる。
Q1での上位15人がQ2へ。
Q2での上位10人がQ3へと駒を進める。
この時点で瀬名は、全20人の内上位半分に入ったことになる。
Q2からQ3に移行するまでの休憩時間、瀬名はピットで偶然カレルと出くわした。
「『…おめでとう、瀬名。』」
「『ああ、カレルさんありがとうございます。色々教えていただいたおかげで…』」
「『…ここからは、我々も本気だ。…死ぬ気でついて来るといいぞ。』」
カレルがマスクに手をかけ、初めて口元が露わになる。
いつもは落ち着いている彼だが、マスクの下は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
「『…時間だ。…健闘を祈る』」
マスクを付けなおし、カレルは去っていく。
「…気合入ってきた。よし、行くぞ…!!!」
瀬名は自らの頬を叩き、自チームのピットへと入っていった。
「『ッどうよ!!!最高のラップだったぞ!!!』」
『『ジャンニ、現時点での全体ベストだ。グッジョブ。』』
各車がアタックラップに入っていく。
現在トップタイムを叩き出しているのは、ジャンニ・ルクレール。
そのタイムは1分28秒136で、プレシーズンテストでのルイス・ウィルソンのそれを上回った。
しかしまだ後ろにはカレルやルイスといった有力ドライバーが控えている。
そんな中、次にアタックに入るのは。
『『さあ、大物ルーキーがテイクオフだ!!!』』
カーナンバー12、伏見瀬名。
最終コーナーを立ち上がり、加速していく。
ストレートでの時速は300を優に超える。
F1のエンジン、パワーユニットは最高出力1000馬力を誇る。
文字通り桁違いのパワーで、車体を強制的に前へ前へと引っ張っていく。
だが、その爽快感に酔いしれるのも束の間、1コーナーはいきなりヘアピンが待っている。
「『…おかえり、ジャンニ』」
「『ああ、ただいまカレル。…瀬名のラップ、どうなってる?』」
「『…今始まったところだ』」
ピットガレージでモニターを見ながら話すフェラーリ陣営。
「『このコースは低速からの立ち上がりが多い。教えたことをモノにしてくれているといいけど…』」
1コーナーの立ち上がり、瀬名は今まで『2』に入れていたギアを『3』に上げる。
そこからじっくりとアクセルを入れていき…。
マシンは加速する。
ホイールスピンを起こすことなく、地面に食いつく。
1000馬力が、空転で逃げることなく100%加速に使われる。
常軌を逸する加速G。
だがこの後ろに引っ張られる感覚は、勝利の味である。
いける。
今までと加速感が段違いだ。
「『…心配なさそうだな。』」
カレルは早々にモニターの視聴をやめ、ヘルメットを被りだした。
「『お、もう行くの?』」
「『…ああ。』」
ジャンニはニヤりと笑みを浮かべてカレルへ。
「『さては、瀬名の走りが予想外に良くて緊張してるな?』」
カレルはピクッと硬直すると。
「『…うるさいぞ。』」
そう言って、すっぽりとコックピットの中へと滑り込んで行った。
カレルを乗せたマシンをジャンニは手を振り見送ると、ボソッと一言。
「『図星か…』」
事実、瀬名はこの時点でジャンニに次ぐ2番手のタイムを出した。
最終的なグリッドは、ポールポジションにルイス・ウィルソン。
2番手ジャンニ・ルクレール。
3番手伏見瀬名。
4番手カレル・サインツ。
周冠英はQ2落ちの11番手スタートとなった。