ジャンニ先生のモータースポーツ講座
「『これは監督やその他上層部には、絶対に内緒にしなきゃダメだよ』」
「『…他チームの利敵行為は、厳罰の対象だ。』」
食後、瀬名とチームフェラーリは腹ごなしに辺りを歩きながら話す。
「『でも、なんでそこまでしてくれるんですか?』」
「『言ったろ?キミが気に入ったからだって。』」
本当は、誰かがルイスの牙城を崩すところを見てみたい。
そんな気持ちもあった。
そして、瀬名はそれをやり遂げられる才能があると見込んだのだ。
2人はルイスのことが嫌いなわけではない。
むしろ尊敬しているし、大好きだ。
だが、レースになってくるとその速さ、強さが途端に憎たらしく思えてくる。
5年も経てば、一泡吹かせてみて欲しいと思うのも仕方のない事だろう。
今まで日本人が立ったことのない、表彰台の2段目以降。
そこをすっ飛ばして初年度でワールドチャンピオンにでもなった日には、祭りも祭りである。
参戦初年度でワールドチャンピオンになった人物は、全世界を見渡しても未だいない。
「『優勝か、リタイアか。なんて、ロマンあるじゃん。キミの成績さ。』」
確かに、スーパーフォーミュラの瀬名の成績はそんな感じだった。
しかし、瀬名の成績の傾向は年ごとにコロコロ変わっている。
まあ、いずれにせよ安定感がないのだ。
それは良いことでも、悪いことでもある。
繰り返しになるが、だからジャンニは『上振れ』に賭けて瀬名を支援することに決めたのだ。
「『もちろん、ぼくたちも本気でかからせてもらう。レースになればキミの進路をブロックすることもあると思うよ。』」
「『…我々がすることは、瀬名自身の強化だ。』」
「『そう、結果的に瀬名を勝たせることに繋がろうとも、レース本番で味方になるってワケじゃないんだ。』」
あくまでもライバルチーム。
そこの線引きは、譲ることはないだろう。
「『いずれにせよ、ありがとうございます。心強いです』」
瀬名はそう言って、2人に頭を下げた。
翌日から、2人の授業は始まった。
外に協力体制が漏れないよう、テスト走行をした後に瀬名が感じたことを伝え、口頭でアドバイスをするという形をとる。
「『コーナーの立ち上がりで踏んでいけないんですよね…』」
瀬名はあまりにも強いF1のパワーを持て余していた。
コーナー脱出時にアクセルを開けると、どうしても後輪が滑り出して前に進めない。
「『…ギアだな。』」
腕を組み、下を向いていたカレルが呟いた。
「『うん、ぼくもそう思う』」
ジャンニも同意する…が。
「『…すいません、お二人はツーカーなのかもしれませんけど、生徒の俺には何のことやら伝わってませんが。』」
「『あっごめん』」
メモを手にした瀬名は、勝手に会話を完結させていた2人にツッコむ。
そのメモには現在、ギとアの2文字しか書かれていない。
これでどう上達しろと言うのか。
「『カレルが言いたいのは、ギアと回転数の関係の話だと思う。』」
F1マシンは現在、全8速のギアと毎分15000回転のレブリミットを持っている。
「『瀬名はさ、今多分コーナーの脱出でもレッドゾーンまできっちり回してるでしょ。』」
大半のレースマシンは加速時、回転数の上限であるレブリミット付近まで回した後にギアを上げる。
これは、マシンのポテンシャルである最大出力を発揮することができる回転数が、レブリミット付近に配置されていることが多いからである。
「『え、それだとダメなんですか?』」
「『ダメってわけじゃないけど、人間じゃ無理なレベルの繊細なアクセルワークが必要になるね。』」
ジャンニ先生の分かりやすいモータースポーツ講座【コーナーの脱出編】
皆さんこんにちは。F1ドライバーのジャンニ・ルクレールです。
今回はコーナー脱出時のギアワーク・アクセルワークについて解説していくよ。
立ち上がりでアクセルを踏むと、どうしてもリアが滑り出して中々マシンが前を向いてくれない。
そんな悩みを解決してみるよ。
今回の教材は、これ。
先程のプレシーズンテストでの瀬名の走りと、ぼくの走りを見比べてみよう!
「『いつの間に撮ってきたんだ…。』」
並べて比較してみると…。
進入までは同じだね。
クリッピングポイントを通過して…はいココ。
これからアクセルを入れる、そんなタイミング。
ここで、ぼくのマシンのステアリングに注目してみて。
「『ギアが…俺のよりも一段上ですね。』」
そう。
コーナーからの脱出時、意図的にギアを一段上げておくんだ。
「『でもそれだと、レブリミット付近の最大出力を発揮できずに加速が鈍りませんか?』」
そうなんだよ。
だけど、逆に考えてみよう。
瀬名のギアでアクセルを入れると滑っちゃうのは、どうしてだと思う?
「『マシンの有り余るパワーが、タイヤのグリップの許容範囲を超えちゃうからですかね?』」
ご名答。
じゃあもう分かるはずだ。
最大出力を発揮したとて、グリップの許容範囲を超えてしまって進まない。
なら、ギアを上げて最大出力から外れたところで加速をしてあげればいいんだ。
「『加速が鈍るぐらいでちょうどいいってことですか?』」
そう。なぜなら、そこが『グリップの限界点』であり、『その限られたグリップで出来る最もマシな加速』だからなんだ。
もう分かったかな?
『ハイパワー車のコーナー脱出は、ギアを1速上げて。意図的にパワーを落とそう!』
では今日の授業はここまで。
次回はまた、瀬名がつまづいたタイミングで行います。
ばいちゃ。