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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第五章 スーパーフォーミュラ
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悪夢・序

振られていたイエローフラッグが、セッション中止を意味するレッドフラッグに変わる。


1コーナーでバランスを崩した22号車は、290キロ以上の速度を維持したままタイヤを跳ね上げ横転。

3、4回転した後に壁に激突。


「ッ裕毅!!!!!!」


モニター越しに裕毅の走りを見ていた瀬名は、立ち上がってコースの方へ走り出す。

その際通ったピットガレージでは、大人たちがせわしなく動いていた。


「ドクターヘリですかね…」


「多分出るでしょうね。彼が無事ならいいですが…」


スタッフのその言葉の通り、頭上から『バラバラバラ』とけたたましい音が聞こえてくる。


サーキットにはレースイベントの際、ドクターヘリと呼ばれるヘリコプターを配備している。

端的に言えば空飛ぶ救急車で、治療をしながら病院へ運ぶためのものだ。


瀬名は偶然通りかかったオフィシャルカーへ強引に乗り込み、事故現場へ向かうように強く説得した。






到着した現場は、この世の地獄であった。


散らばったパーツ、タイヤ、壁に取り付けられていたであろう緩衝材。

裕毅がブレーキを踏んだあたりから事故現場まで、生々しく残っているタイヤ痕。


瀬名はオフィシャルカーを乗り捨て、裕毅の救出作業に参加する。


裕毅のマシンは壁に深くめり込んでおり、救出は困難を極めた。

やっとの思いで引きずり出された裕毅の身体は、力なくだらりと垂れ下がっている。


「大丈夫です、息はあります」


救急隊のその言葉に安堵するものの、まだ不安定な状態だという。


「ヘリに乗せます。下がって」


「俺も乗ります。乗らせてください…!」


「ですが…あなたはまだQ2があるでしょう?」


「そんなこと言ってる場合ですか!!!」


担架に乗せられて運び込まれた裕毅と共に、瀬名はドクターヘリに乗り込む。

ヘルメットを脱がされた裕毅の表情は、落ち着いていた。


本当にただ眠っているように、スースーと寝息を立てている。


外傷もほとんど見当たらない。

手足が変な方向にネジ曲がったりもしていない。


大丈夫だ。

これなら助かる。







「びっくりしましたよ。骨にも全く異常はありませんでした。ただの打撲と脳震盪です。」


医者の診断は何とも拍子抜けするものであった。

病院に着いた瀬名は、事故当時の事情を医者に説明する。


恐らく300キロ近く出ていたと言うと、驚愕していた。


「発見時意識がなかったとのことですが、本当に寝てただけかもしれませんよ」


「そうだったら俺引っぱたいてきます」


医者のジョークに笑うこともなく、真顔のまま返す瀬名。


「病室はそちらです。チームメイトさんでしょう?」


医者はそう言って院内の一室を指差す。


案内された病室に入ると、裕毅らしき人がベッドに横になっているのが見えた。

顔の方は死角になっていて、部屋の入口からだとよく見えない。


裕毅のベッドの方へ歩いていくと、次第に顔が見えてくる。


意識が戻ったようで、なにやら動いているのが分かる。

その全貌が見えたとき、彼はなにをしていたかというと…。


「あ!瀬名ふぁん!Q2はどうしふぁんでふか!?」


バナナ食ってた。


すかさず殴り掛かろうとすると、ナースに羽交い締めにされる。


「伏見さん!!!彼、怪我人ですから!!!」


「いーや、アイツは一回引っぱたかないとダメです。離してください看護師さん!!!」


瀬名とナースの取っ組み合いを見た裕毅は、バナナを飲み込むと瀬名に向かって頭を下げた。


「心配かけてごめんなさい、瀬名さん。」


その言葉に瀬名は動きを止める。


「瀬名さんに、今シーズン中にどうしてもちゃんと勝ちたかったんです。でも、ダメでした」


下げていた頭を上げると、裕毅は目をこする。


「ボクには、まだ早かったみたいです。」


その表情は悲しそうで、どこか寂しげだった。


「…看護師さん、頭撫でてやるぐらいならいいっスよね?」


「え?あ、はい。」


ナースの腕から解放されると、瀬名は裕毅に歩み寄る。

右手を裕毅の頭にポンと置くと、優しく語り掛けた。


「なあ、お前の言う『勝利』とか『リベンジ』ってなんなんだ?」


「…そう言われると、分からないです。」


「そうか。」


頭から手を離すと、ベッド脇にしゃがんで裕毅に問う。


「お前、今年楽しかったか?」


「はい。すっごく。」


「じゃあ、それでいいじゃねえか。お前の今シーズンはこれで終わりだが、また来年も走ればいい。体も、問題ないんだろ?」


裕毅は目線を自分の両手に持ってきて、握ったり開いたりしてみる。

感覚はクラッシュ前と何ら変わりはなかった。


「じゃ、俺はそろそろ行くわ。あ、そうそう最後にひとつ。」


瀬名は裕毅の額をパチンとはじくと。


「お前、石頭だな。」


半笑いでそう言った。








裕毅が無事だったことは、瀬名の心境に大きなゆとりをもたらした。

…かに思えた。


Q1を1位で通過し、Q2を辞退していた瀬名は、12番手スタートが確定している。

そのQ2で事件は起こっていた。


事故を起こしていた裕毅のマシンの撤収作業を行っていた、1コーナー。

そこに、1台のマシンが同じく300キロに迫る速度で突っ込んできたのである。


そのマシンは裕毅、瀬名に続くランキング3位のマシンだった。


撤収作業用のクレーンに291キロで激突したマシンは大破。


そして。


これが、スーパーフォーミュラ史上初めての死亡事故となった。


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― 新着の感想 ―
レーサーがどんなに体を鍛えて体調を整えても、整備の人達がどんなにしっかりと点検をしても、やっぱり事故は起こるものなんですね……。
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