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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第五章 スーパーフォーミュラ
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万全の彼に

昔から、ボクは負けず嫌いだった。


それも、かなりひねくれた負けず嫌いだ。


ただ勝つだけじゃ物足りない。

自分の実力を最後の一滴まで絞り切って、相手も万全な状態の勝利でなければ満足できなかった。


「裕毅のそういうところ、この世界では大きな強みになるよ。」


カートのレースで負けて泣いていたボクに、叔父さんはそう声をかけてくれた。

ボクは叔父さんのことを尊敬していたし、これだけの戦績を残した人がそう言ってくれるなら間違いないと思った。


次第に、カートのレースではボクのライバルとなる人はいなくなっていった。

やっぱり、物足りない。


勝ちたいと思っていたはずだったのに、自分を負かしてくれる人を探すようになった。


『この人になら負けてもいい』『されど死んでも勝ちたい』と、そう思える人を。



そんな中、ボクは観に行ったS耐で彼を見つけたんだ。


彼の駆るマシンには、翼が生えているように見えた。


リアウイングのことじゃない。

白鳥のような美しい翼が、確かに見えた。


初めて彼と会った時、緊張してまともに話せもしなかった。

人付き合いでは第一印象が重要だって分かってた。


だからどんな挨拶をしようか、どんな話題で話そうかとか色々考えてた。

でも、ボクはずっと顔を下に向けたままボソボソと話すことしかできなかった。


事前のシミュレーションとかどこに行ったのか分からない。


叔父さんと彼の会話ははずんでいるのに、ボクは一向に話に入り込めなかった。

内心落ち込んでたけど、それを顔には出さないように頑張った。


話の内容なんか頭に入ってなかった。


しばらくしたとき、彼は僕に向かって手を差し出してきた。

それがボクと握手をするために差し出されているものだと理解するのに、少々時間を要した。


恐縮しながら、ボクは彼と手を合わせた。

ボクに向かって笑いかけてくれる彼の顔を見ることは、一瞬しかできなかった。


どうしてもボクなんかが顔を合わせていい人だとは思えなくて。


カートで腐るほど勝ってきた。

トロフィーはただの置物と化している。


でも、彼に対する憧れとか畏敬の気持ちは、今日まで途絶えることはない。


彼に対して、()()()()()()をしたことは何度もある。

F4時代もそうだし、スーパーフォーミュラに至ってはランキングはボクの方が上だ。


でも、そうじゃない。

そうじゃないんだ。


彼は、万全なボクに何度も勝っている。

でも、ボクは万全な彼には一度たりとも勝てていない。


彼は否定するけど、絶対そうだ。


スーパーフォーミュラに参戦し始めた今シーズン。

シーズン後半になってから彼の様子がおかしくなり始めている。


後ろで見ていても、走りに精彩を欠いているような気がした。

もしかして、と思った。


ボクの予想が当たっているとするならば、『万全の彼に勝つ』というボクの目標は、二度と果たせないかもしれない。


ボクは焦った。

どうしたらいいのか分からない。


ただ、走り続けることしかできなかった。


今日がラストチャンスになるかもしれない。


そう思って走っているうちに、最終戦の日が来てしまった。


もう時間がない。


ボクは毎回、自分に言い聞かせるように彼へリベンジ宣言をした。

それは今日も変わらずのことだった。


ステアリングを握り、コースへ飛び出す。


彼が授業をしてくれたこのコース、リベンジにはピッタリの場所だった。

彼の走りを思い出しながら、一つ一つのコーナーを丁寧に走り抜ける。


このコーナーは意外とこの速度でも曲がれるんだ。

このコーナーはしっかり減速した方がいいんだ。


そんなことを考えながら、彼の後ろを走っていた。

今は彼の先導は無いけれど、しっかりと頭の中で思い出しながら走っていく。


最終コーナーを立ち上がり、アタックラップへ。


集中しよう。


ここからリベンジは始まっていくんだ。


Q1だろうと決勝だろうと、全てにおいて彼に勝つんだ。


最終コーナーの脱出速度は申し分ない。


いける。

戦える。


コントロールラインを通過し、タイム計測が始まる。

スピードメーターは270、280とその数字を徐々に大きくしていく。


1コーナーが眼前に迫る。

まだブレーキには足をかけない。


こんなところで彼はブレーキを踏まないはずだ。


まだダメだ。


そんなことを考えていると、外側のコース外に、タイヤが半分出ていることに気が付く。

ステアリングに震えが伝わってきた。


大丈夫。


まだ戻せる。


渋っていたブレーキを踏む。


ブレーキを…。


何気なく、その時まばたきをした。




再び目を開いたとき、視界は上下が反転していた。

スピードメーターは294キロを指したまま動かない。


世界がゆっくり傾いていく。







瀬名さん、ボクは悔しいです。

どう頑張っても、あなたには勝てないみたいで。


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