夏風フルスロットル
青い空から、鋭い日差しが路面に浴びせられる。
カラッとした夏の空気は、2人にかの南国を思い出させる。
しかし、ここは静岡県小山町。
7月23日、富士スピードウェイ。
「あっつー…」
「本当にこれ、レースやるんですか…?死人が出ません?」
この日は明らかに暑すぎた。
静岡県の予想最高気温は40℃を超え、不要不急の外出は避けるようにアナウンスがされている。
だが、サーキットの観客は超満員。
真夏のレースファンは暑さでおかしくなっているか、元々おかしいから観戦に来るかのいずれかである。
「クールスーツがどこまで効くかだよな…」
レース中のマシンコックピット内は、エンジンなどの発熱により季節を問わず酷暑となる。
そのため、ドライバーはクールスーツと呼ばれる冷却機能を搭載したアンダーウェアをレーシングスーツの下に着用する。
レースイベントによって、ベスト型や冷水循環型など様々な種類がある。
「路面で目玉焼きできますよ、これ。靴履いてても熱いですもん」
ピットから、コースにある大型ビジョンをチラリと見てみる。
「路面温度60℃!?バカだろ。タイヤ溶けるぞ」
そこに表示されていた数値に2人は驚愕する。
何も起こらないレースになることだけは無いと、そう断言できるほど、この気温は異常だった。
「こりゃ荒れるぞ…」
『2号車・伏見瀬名の様子がおかしい!明らかにペースが落ちている!!!』
その予想は当たった。
「クールスーツとかそんな次元じゃない…このまま走ってたら本当に死にますよ。」
『了解です、今回はリタイアしましょう。ピットに戻ってきてください。』
7周目から走りに精彩を欠いていた瀬名は、10周目に緊急ピットイン。
ポールポジションからスタートの、二強の一角が早々に姿を消した。
熱中症は、どんなに強く速いドライバーでも避けることはできない。
ピットではタオルと大量の氷水が用意された。
自分で動くこともままならなくなった瀬名を、コックピットからピットクルーが救出する。
すぐに複数人がかりでレーシングスーツを脱がせ、手首と足首を氷水に浸ける。
首や太ももなどの大きな血管が集中する場所には保冷剤を当て、応急処置を施す。
「瀬名くん、意識は大丈夫ですか?これ見える?」
チーム監督、長谷部尚貴が瀬名の前で人差し指を立てる。
瀬名はそこに焦点を当てるのに苦労した。
痛む頭と格闘しながら、ぼやけていた視界をクリアにしようと奮闘する。
「…裕毅は…アイツは大丈夫そうですか…?」
「…少しは自分の心配をしてくださいよ。不思議なことに彼は毎周ファステストラップを更新しながら走っています。」
瀬名は安心したように目を閉じる。
「あの…体力バカが…」
フッと笑い、ガクッと頭を落として死んだように眠りに落ちていった。
「マジで死んだかと思うのでその寝方やめてくださいよ…すいません、彼を冷房が効いた部屋へ運んでもらえますか…」
消えゆく意識の中で、瀬名は尚貴のその言葉を聞いた。
「なあ裕毅、お前体力は大丈夫なのか?」
「え、全然大丈夫ですけど。あ、もしかしてしんどかったですか?」
「そう言われると悔しいからもうちょっと頑張ろうかなぁ!?」
沖縄旅行で、ホテルの敷地内を散策しているとき。
敷地内とはいえどその面積は広大で、屋外がほとんどである。
おまけに沖縄の長い夏、30℃を超える気温と低緯度特有の鋭い日差しが2人を照り付けている。
「無理はしないでください。そこの店入って休みましょう」
立ち寄った店内で、2人はかき氷を注文。
提供されるまで雑談をして待っていた。
「すごいなお前。なんかスポーツとかやってたん?」
「モータースポーツ一筋です」
フンスと鼻息を荒げ、力こぶを見せつけてくる。
小さくてかわいいとしか思っていなかったが、しっかり筋肉もついていてがっしりとした体つきだと、今気づいた。
「お前がそんなに暑さに強いのはなんでなんだろうな。」
「分かんないです。バカだからじゃないですかね。」
訳の分からない理論に呆れる瀬名。
「でも、我慢強さには自信があります。暑さにも、辛い状況にも」
2人は特に日光対策もせず、南国のビーチを歩いた。
照り返しも多くある中で、通常なら熱中症まっしぐらの状況。
むしろ瀬名の方が普通なのである。
「お、キタキタ。」
テーブルにかき氷が運ばれてくる。
瀬名のものはマンゴー味のシロップがかかっている。
「裕毅のは何味?それ」
「パッションフルー」
「もうええわ」
「聞いといてそりゃないでしょ…」
一口氷を食べてみる。
「おぉ、美味い…けど頭痛え!コレどっち?かき氷が原因なのか熱中症なのか…」
「どっちもじゃないっすか」
瀬名の動きが俊敏になってきており、回復したことを確認した裕毅は、適当に返事をしながらパッションフルーツ味のかき氷を貪った。
「尚貴さん、瀬名さんは大丈夫そうですか?」
裕毅の体調はいたって良好だった。
『しっかり冷やしておいたので大丈夫ですよ。』
「そんな食材みたいな言い方…」
ピットへ無線で瀬名の安否を確認。
むしろ、それだけの余裕があると言った方がいいだろう。
後続のマシンとは既に15秒ほどのマージンを稼いでおり、独走態勢である。
もはや他のマシンは裕毅へ反撃する余力は残しておらず、お手上げ状態だった。
しかし、裕毅がアクセルを緩めることは一切ない。
富士の長いストレートを、陽炎を揺らしながら猛然と走る姿には、鬼神が宿っていた。
「よーし。もっとプッシュして瀬名さんにいっぱい褒めてもらうぞー!」
最終的に2位に1分近い差をつけてゴールした裕毅。
瀬名は褒めることは褒めたが、どちらかというとドン引きしていた。