晩酌
三日目。
昨日のどんより模様がウソのような晴天である。
2人は当然のようにホテルに隣接されたビーチへと向かう。
沖縄の海開きは4月だ。
裕毅は瀬名が持っていたサングラスを借りると、嬉々としてそれをかけた。
「どうですか!?ワルっぽくなりましたか!?」
「何お前ワルになりたいの???」
眉間にしわを寄せて精一杯の威嚇顔をする。
「いや、そういうわけじゃないですけど。威圧感が無いと舐められそうじゃないですか」
「誰にだよ…」
それを見た瀬名の率直な感想は、『かわいい』であった。
ビーチサイドにパラソルを広げ昼寝を試みる瀬名。
鋭すぎない初夏の日差しにまどろんでいると、遠くから聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「瀬名さーん!このカフェにジュース色々ありますけど来ませんかー?」
ホテル敷地内の散策に出ていた裕毅が、釣果を上げたようだ。
ゆっくりと身体を起こし、サングラスをかけ直す。
「おう、行こうか。」
脇に置いていたラッシュガードを裸の上半身に羽織り、声のした方へ歩いていった。
先程太ももぐらいまでは海に浸かったが、水着はもう乾いている。
店に入っても問題はないだろう。
そのカフェはテラス席もあった。
冷房の効いた店内も魅力的ではあるが、危険ではないレベルの暑さはやっぱり心地のいいものだ。
何よりも開放感が段違いで、ジュースの味も数段変わるように思う。
「裕毅のはなに?それ」
「パッションフルーツです」
「…ハマったの?」
「はい」
それからリゾートホテルの広い敷地を隅から隅までくまなく探索していると、長いはずの陽はあっという間に傾いていった。
真っ赤に染まるサンセットを見届けると、2人は部屋へ帰る。
今日は夕食という夕食は摂らないことにした。
というのも、そこかしこにある売店で飽きることなく食べ物を買い食いしていたら、18時半現在でも全く空腹感が無いのである。
だが、夜が更けてくるとやはり口寂しくもなる。
「うーん…売店行くか。」
「お酒買いすぎちゃダメですよー」
「嫁か?おのれは」
携帯ゲーム機をピコピコ言わせながら裕毅が忠告する。
「んじゃ行ってくる。なんか買ってくるもんあるか?」
「んー、パッションフルーツ系の何かがあれば…」
「よく飽きねえな」
瀬名は部屋に備え付けのパジャマにスリッパというラフな格好。
それに部屋のカードキーと財布だけを持って売店へと向かった。
「お、ミミガージャーキーあんじゃん。これ美味いんだよな」
瀬名は見かけたつまみを手あたり次第カゴへぶち込んでいく。
「ハイボールにするか…ビールも買っておこう」
裕毅に怒られそうなので2缶だけ。
「パッションフルーツジュース…だけだと飽きるだろうしマンゴーとシークヮーサー、200ミリリットル缶を各1個ずつ。こんだけありゃ足りるだろ」
なんだかんだ言って裕毅のことを考えている瀬名だった。
ガチャリと部屋の扉が開いた。
そこからはビニール袋に缶をいっぱい詰めた瀬名が入ってくる。
「あー!買い過ぎるなって言ったのに!!!」
勘違いをした裕毅がゲームを投げ捨てて瀬名の方へ駆けつける。
「ちげーよ。これはお前のだ。」
「うわ冷た!!!」
ソフトドリンク群の中からキンキンに冷えたパッションフルーツジュースを取り出し、裕毅のおでこにピトッとくっつける。
「晩酌だ、付き合えよ。」
瀬名はカードキーを所定の位置に戻すと、親指で窓際のテーブルを指した。
旅に限らず、楽しい時間はすぐに過ぎるもので。
早くも明日はもう帰りのフライトに乗らなければならない。
最後にこの二人旅をまとめる、晩酌である。
「どうだったよ?この旅は」
「パッションフルーツが美味しかったです」
「どこから来るのかしらその愛は」
「…鼻から?」
「風邪じゃねえんだわ」
ツッコみが忙しすぎて中々酒が飲めない。
裕毅は背もたれに深くもたれかかると、妙に艶のある声で話し出した。
「この際ですからなんか語りましょうよ瀬名さ~ん…」
「え、それ酒入ってないよね?大丈夫?」
「演技です」
そう言えば缶の横にパーセンテージが書いてあったような。
なかったような。
果汁の表示だったような。
多分果汁だろう。
「語るっつっても何をよ」
「今後の目標とか?」
瀬名はこの流れに既視感を覚えた。
仲間内でベロベロになっているときにこんな話をしていたような気がする。
「ちなみにボクの目標は、『身長170センチになる』ですよ。」
腰に手を当て、胸を張る裕毅。
「今何センチ?」
「159です」
「年齢は?」
「18です」
瀬名は腕を組み、裕毅の頭からつま先までをじっくり眺める。
「ッスゥー…ガンバレ。」
「なんの間ですか?今のは」
なにか言いたげな顔で裕毅が食って掛かる。
「じゃあ瀬名さんの目標は…そうか。F1でしたね」
「そ。いつになるかは分からんけどね。」
汲んでいた腕を頭の後ろへ持っていき、背もたれに寄りかかる。
「当分はスーパーフォーミュラでお前と遊ぶつもりさ。」
「やったー。次は勝ちますからね」
天井を見つめ、落ち着いていながらもワクワクした声色で。
「お前と2人で、スーパーフォーミュラで無双するんだ。んで、何年かした後にF1からお声がかかる。」
「…ボクもですか?」
「そ。2人で行くんだよ、F1にさ。またチームメイトとして戦えたら一番良いけど、ライバルチームでも面白いかもな。…そんな妄想を、最近ずっとしてる」
裕毅はなぜだかとても嬉しかった。
憧れの人だった瀬名が、自身のキャリアプランに裕毅の名前を記していてくれている。
3年前の自分に今の状況を報告しても信じられないだろう。
幸せな夜は更けていく。