旅行企画
その後も瀬名の授業は続いた。
途中で生徒が横に並びかける動きを見せ、先生が動揺でコースアウトしかける事案などが発生したが、無事に授業は終了した。
生徒は満面の笑みだった。
ツヤツヤテカテカした顔をして表彰台の二段目に上る裕毅。
頂点に立った瀬名は対照的に、げっそりとやせ細って見えた。
「瀬名さん、今日はどうもありがとうございました!!!」
「あー…うん…そうね…」
この子にものを教えられるほどの実力差は、ない。
というか、瀬名はレーサーとして既に最上位の実力を持っている。
しかし、裕毅も同じレベルの実力を保持しているのだ。
並のレーサーに走りを教えるのとはわけが違う。
瀬名は考える。
俺がこの子に教えてあげられることは何かあるだろうか。
そして、逆に吸収できることはあるだろうか。
セクターごとのタイムを見ても、俺が引き離している部分と詰められている部分があった。
すなわちお互いに得意な部分と苦手な部分があるわけで…。
「瀬名さん、この後どうしますか?」
裕毅のことをもっと知れば、おのずとそれは表面化してくるかもしれない。
「なあ裕毅。」
瀬名はそう呼びかけると、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる裕毅に提案する。
「今度、旅行行かねえか?」
「ひゃっはー!!!フライト60分前だぜぇ!!!」
「瀬名さん、キャリーバッグ振り回さないでください」
羽田空港・国内線第二ターミナル。
瀬名が計画したのは三泊四日、沖縄への二人旅。
2人はレースをするため、日本各地を回ってきた。
しかし沖縄には大きなサーキットは無く、レース会場になることはない。
新鮮な旅行気分を味わうためにはもってこいだった。
「ごめんなぁ裕毅。俺だけこんなもん飲んでしまって…」
昼間…というか朝である。
にもかかわらず、瀬名の右手には黄金に輝く発泡酒が。
「いや、ボクはまだ18なんで。そこは我慢ですけど。」
季節は初夏、5月の下旬。
夏休みシーズンに行こうとなると、流石に予約が取れない。
しかし、沖縄に行く以上は多少の暑さは感じたい。
そんなことを考えながら、瀬名は飛行機のチケットを取った。
「でも、ここ数年はレースにつきっきりでしたから、純粋に楽しみです」
「そうであろうそうであろう。」
瀬名は裕毅を招集するにあたって、優次に許可をもらうための電話をした。
「いや、ね。早速支援の要請かと思ったら甥っ子と旅行に行っていいかという内容でしたもんで。…楽しんできてねとしか言うことはないかなと。」
変なところで律義さを発揮する瀬名だった。
予定通りの時刻に、飛行機は地面を離れた。
瀬名は離陸直前の加速Gが好きだった。
しかし、何台ものモンスターマシンに乗ってきた彼にとってはもはや物足りなくなってしまっていた。
それに関しては少々寂しいと感じてしまう。
離陸からしばらくして機体が安定すると、機内サービスが運ばれてきた。
ここで貰える、紙コップに入ったコンソメスープが美味しいのである。
那覇空港までの2時間半はあっという間だった。
気づいたときには、東京と明らかに色の違う海が二人を出迎えていた。
「ひゃっはー!!!着いたー!!!」
「瀬名さん、タラップで立ち止まるのやめましょ?後ろめっちゃ詰まってます」
どっちが先生なんだかわからない。
さて、現在時刻は12時を少し回ったところ。
これから彼らは那覇市内を散策し、夕方ごろに恩納村にあるリゾートホテルへと向かう予定である。
若さから勘違いしがちだが、彼らの年間収入は既に8ケタである。
リゾートホテルにも泊まれるわけだ。
空港を出た二人は那覇市中枢部、国際通りへ。
家族やお世話になっている人へのお土産を買う。
そして、いよいよホテルに向かおうとするが…。
「裕毅!どうしよう!俺酒飲んじゃった!」
「最初っからボクが運転すると思って飲んだでしょ…ほら、レンタカー屋さん行きますよ」
昨年10月に18歳の誕生日を迎えた裕毅。
それからすぐに免許を取得。
ちなみにだが、スーパーフォーミュラに参戦するためには普通免許を所持している必要がある。
それゆえ彼は急いで取ったのだ。
カートやF4とは違うこのルールがあることによって、スーパーフォーミュラは実質的に18歳以下が参戦できないようになっている。
「サーキットで走るのとはわけが違うので、まだまだペーパードライバーです。」
恐る恐るアクセルへ足を伸ばす。
いつもやっているような全開アクセルワークはご法度。
ふんわりアクセル、ふんわりブレーキである。
隣で瀬名があれこれ口を出しながら走るそのクルマは、高速に乗って二人が泊まるホテルへと進んで行くのであった。