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シケイン

GT-RとRCF、異なるマシンが異なる周波数で奏でるエキゾーストノート。

2台の間隔は触れんばかりに近く、傍から耳を傾けてみれば和音のように重なって聞こえる。


2 Laps to go.


『OK瀬名くん。あと2周、あと2周だ…抑えきれ!』


「Copy…!」


瀬名はホームストレートをピット脇ギリギリで通過していった。

絶対に1コーナーでインを明け渡してはならない。

そこで前に出られてしまえば、続くS字コーナーセクションでコーナーに強いRCFが突き放すことは目に見えているからだ。


この残り周回数では、スリップストリーム圏外に追いやられた時点でほとんど負けが確定してしまう。

まだ、2台はくっついている。


まだ…まだ…。


先程ギャップが開いたヘアピンカーブへ差し掛かる。

瀬名はアウト側いっぱいからブレーキングを開始。

そして、あの時見せた超スピードコーナリングを今一度。


ゆらりと27号車のテールがブレたかと思うと、瞬間移動するように残像を残してコーナーを立ち上がっていく。


「くっ…またこれか…!」


富岡も負けじとついていこうとするが、やはりここで差は0.15秒ほど広がる。


ヘアピンを立ち上がった先にある、10秒ほどの全開区間。

まだ、スリップストリームの効果は切れていない。


かろうじて、かろうじて差を詰めていく。


遠くなっていたテールが、次のスプーンカーブへのブレーキングでまた近づく。

速度域が低くなったことにより、見た目のギャップは縮まったように見えるのだ。

実際には大きな差があろうとも、目から入ってきた情報は救いになる。


両者ともに、体力および精神力はほとんど限界に達していた。


ここから続く鈴鹿サーキット内最長の全開区間は、ドライバーにひと時の安らぎを与えてくれる。

しかし、2台はそこで少々気を抜き過ぎたのかもしれない。


大きなサーキットには大抵、『シケイン』と呼ばれるコーナーがある。


近現代モータスポーツで、マシン性能は飛躍的に向上した。

そしてその戦闘機と化したマシンが、危険と判断される超スピードを出さないように、マシンの速度を低下させる目的で設置されるのがシケインである。


シケインをクリアするためには大抵ハンドルを左右に切り返す必要があり、コーナリング性能に優れたGT500マシンであれど100キロ以下まで車速を落とす場合がほとんどである。


そしてこの鈴鹿サーキット内最長の全開区間の、その先にもシケインは存在する。


通常コーナーまでおよそ150メートルほどの場所でブレーキングを開始するのがセオリ―であるが、2台の反応がワンテンポ遅れた。


「ヤバい…やらかした…ッ!」


「クソッ…つられた…!」


ほとんど触れているような状態で走ってきた2台はシケインで止まり切れず、芝生のエリアへとはみ出していく。

幸い壁に接触するようなことはなく、芝生を食いながら2台のマシンはコースへ戻ってきた。


しかしこうしたミスをすると、一流のドライバーとはいえ一定時間頭が真っ白になる時間がある。

本能でマシンをレコードラインまで戻すも、2人の意識は少し遠くにあった。


そんな状態の中、迎えるのは。


『瀬名くん、落ち着け!ラスト1周だ!!!』


ファイナルラップである。






優次からの無線で目を覚ました瀬名は、今一度アクセルを踏む右足に力を込める。


そのけたたましいエキゾーストノートで富岡も我に返る。

シケインでのミスの後、コントロールライン通過時点での2台のギャップは0.3秒。


泣いても笑っても、レースは残り1分40秒。

両者のモータースポーツ人生の全てが、この100秒に集約される。


6000、7000。


まだ回転数は上がっていく。


8000、8800でギアチェンジ。


ステアリングの左右に装着されたシフトパドルをカチッと操作し、トランスミッション内のギアが入れ替わる。


マフラーから爆発音と共に炎を吹き出し、マシンは一層加速する。

あとはもう、マシンを信じて突き進むしかない。






コース前半区間から、後がなくなった富岡は激しく瀬名を攻め立てた。


しかし、瀬名は徹底したブロックラインで一向に道を譲ろうとしない。

テクニカルな前半セクションが終わり、GT-Rに有利な高速セクションが始まっていく。


しかし、27号車はあくまでも前。


空気抵抗を一身に受けなければならないため、風よけのある1号車の方がストレートの車速は伸びる。


コースで最も長い全開区間、1号車富岡が仕掛ける。


ブロックラインでイン側を取っていた27号車に、外側から並びかけた。


この辺りの道幅は、コースの中で最も狭い。

2台が並ぶと、とても窮屈に思える。


そして2台は並んだまま、最後の高速コーナーである130Rを抜けていく。

そこを抜けた先に待っているのは、先ほど2台がミスをしたシケイン。


今度は安全策で行くかと思いきや、瀬名も富岡もブレーキに足をかけない。


「まだ…まだだ…」


「こうなりゃヤケだ。付き合ってやるよ、バカなsennaさん…!!!」


コーナーまで残り150メートルを意味する看板を、通過する。


「「ここだッ!!!」」


どうしようもないレース狂のチキンレースに、付き合わされたマシンたちのブレーキが悲鳴を上げる。


シケインから最終コーナーにかけては、右、左、右の順番でコーナーが続く。

現在右側、すなわちインにつける回数が多いのは1号車だった。


シケインの進入、右コーナーで一時的に前に出る。


次の左で27号車が巻き返す。


最後は右に緩やかに曲がりながらコントロールラインへ向かう。


完全に横に並んだ。

完全に横一線。


どっちだ。


どっちだ…。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
シケインというものの説明がすごく分かりやすくて、その必要性も分かったし、そこでミスをしてしまった二人は「負けたくない、どうしても勝ちたい」という気持ちからのミスですよね(;´・ω・) いったい勝利はど…
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