居眠り
翌日。
瀬名と琢磨は、完全な睡眠不足で午前の授業中はほとんど寝ていた。
二人は席に着くのも一番遅かったため、一番のハズレ席である『教授の目の前』の席で爆睡をカマしてしまったのである。
普段は温厚で、大学内でも人気の教授であったが流石に顔に青筋を立てていた。
「入学してすぐや、ってのにコイツらはホンマ…」
怒りを通り越して呆れの域である。
二人は今後この教授に死ぬほどお世話になるとも知らずに眠り続ける。
この教授の名は星野義信。
自動車部の顧問である。
「ふぁ~あ。よく寝たわ。」
「授業中に寝るのってなんか分からんけど気持ちいいよな」
クズみたいな事を言いながら午前の授業を処理した二人は食堂へ向かっていた。
食堂に入ると見覚えのある背中が見える。
「あ、可偉斗さん!」
瀬名はその背中に手を振る。
名前を呼ぶ声を聞き、可偉斗は体を瀬名たちの方へ向けた。
体をひねったため、瀬名たちから見て死角になっていた可偉斗の向かい側の席に座っているもう一人の人影が見える。
「おう、お前らか。喜べ、今日から京一が復帰だぞ!」
可偉斗が右手を向けたその人の顔を見て、瀬名たちは絶句した。
「やっほ~。僕が京一で~す。」
両頬に人差し指を当ててニコッと笑う、その人は昨日道案内をしてくれた青年だったのだ。
「あれ?思ってた反応と違うな…」
少しシュンとした表情になる京一。
「いや、びっくりしちゃって。」
「なんか見たことある気がするな…とは思ったんすけど写真とは髪型が違ったし…」
「あ、これ?イメチェンだよ。前髪、鬱陶しかったんだよね」
2:8に分けた髪の毛を弄りながら話す京一。
「そうだ、タイムランキング2位の『senna_0501』ってキミだよね?」
瀬名を指さす京一。
「そうです!もうあのタイムが俺の限界なので、抜くのは諦めました」
瀬名もそう言って笑う。
「僕も結構頑張ったからね~。PADでチマチマやってさ」
「え?」
コントローラーを操作する手ぶりをしながら話す京一に、瀬名は素で聞き返す。
瀬名の脳は情報を処理できないでいた。
京一は後半セクションで瀬名よりも圧倒的に速いタイムを出した。
瀬名はその差の理由を『自分はPAD勢だから』という風に結論付けていたのだ。
だが、タイムアタックをするコンディションは両者とも同じであるということが、今明らかになってしまった。
「え、京一さんPAD勢なんですか!?」
琢磨も驚いて頭を抱える。
彼にとっても衝撃だろう。琢磨はずっとハンドルコントローラーを使い続けてきた生粋のハンコンプレイヤーだ。
その琢磨が決して手が届かないほどの高みに京一はPADでたどり着いたのだ。
類稀なる感覚の持ち主。
コントローラーの単調な振動フィードバックだけで路面の状況やタイヤのグリップをいち早く察知する。
ここまでは瀬名も出来ている。
しかし問題はこの先。フィードバックされた情報を処理し、コントローラーに自らの指で操作を入力する能力に京一は長けていた。
努力ではどうにもならない、センスの域だ。
放課後。
1年生である瀬名たちはこなさなければならない授業が沢山あるため、5限までみっちり授業が詰まった時間割を作っていた。
二人は『先の方に授業いっぱい詰めとけば後は楽になるでしょ!』という考え方なのである。
必然的に、部活へ向かう時間は遅くなる。
瀬名たち二人は足早にガレージへと向かう。
彼らにとっては部活の時間はもはや生きがいと化していた。
「「お疲れ様でーす!!!!!」」
同時にガレージのシャッターを勢いよくくぐる。
しかしその瞬間、二人の表情は曇った。
「「げ。」」
「なーにが『げ。』だバカ野郎。ちょっと来い!」
そこには顧問の星野先生が待ち構えていた。
お説教タイムである。
「大体お前らは何をしに大学に来たんだ!」
「「部活っす!!!!」」
「元気良いなバカタレ。勉強だろうが勉強!!!」
「「ベン…キョウ…?」」
「初めて聞いたみたいな反応をするな」
口笛を吹きながら明後日の方向を見る二人に呆れたのか、星野先生は決断を下した。
「よし、分かった。お前ら一か月部活停止。」
「「嫌です!!!!!」」
「うるさ」
二人の声は岡山で聞いたエンジン音を凌駕するやかましさを記録した。
「ダメなもんはダメだ。一か月はガレージに入るなよ。」
「「嫌です!!!!!!」」
「耳死ぬて」
このままではビックリマークが一つずつ増えていくだけだと理解した星野は、とある条件を思いついた。
「じゃあこうしよう。今からそこの駐車場でジムカーナをする。お前らのどちらか一方でも京一に勝てたら部活停止は無しにしてやる。」
「僕手加減しないよ~」
「「無理です!!!!!!!」」
「まー聞き分けの無い子たちやなホンマ」
京一は手をワキワキさせてヘルメットとグローブを取りに行った。
「じゃあ俺が直々に相手する。もうこれ以上文句は言わせんぞ」
「「先生相手ならまぁ…」」
「舐めてんなおめーら」
完全に星野先生を舐め腐っている二人は、条件を了承。
顧問vs新入生の戦いが展開されることとなった。