06_勇者一行
魔王城 東塔第11層
中空。
逆転する天地。
その最中に、彼女は合気の理合を極限まで練り上げていく。
「ハァイ!!」
独特な掛け声とともに打ち出された拳が、有翼竜の脇腹を弾き飛ばした。
「援護します!」
そのまま自然落下を始める『ベル・オースレン』に向かって、ノキアは駆け出しながら重力調和の大魔術を急いで展開し始める。
が、彼女の落下のスピードは予想よりも遥かに早かった。
間に合わない。
ベルは、そのまま、50メートル以上はある高さから地面に激突した。
叫びだしたくなる衝動を抑えながら、ノキアは彼女に向かって駆け寄っていく。
「ベル‥‥ベル」
滑り込むような形でベルの元までたどり着き、優しく彼女の肩を揺する。
人間が落下して良い高さではない。この場面での離脱者は致命的だ。
彼女は、わずらわしい上空からの敵対者に対して、いち早く対応した。
勇気ある判断だ。これをサポート出来ないなんて、ヒーラーとして失格だ。
揺する手の握力が自然と強くなる。しかし、その手は優しく握り返された。
「ん、いやダイジョブダイジョブ」
泣き出しそうなノキアの言葉に恥ずかしそうにベルが応える。
獣を模した拳法『五獣拳』の使い手である『ベル・オースレン』は、猫のように丸まりながら見事に着地に成功していたようだった。
「さすがです!ベルさん」
「ニャはは」
頭を搔きながら、照れ臭そうに笑みを浮かべるベルは、すぐに表情を引き締め直した。
ノキアの背後から繰り出された蜥蜴人の槍の一撃を思い切り蹴り上げる。
そのまま、ノキアを抱えて後方へ大きくジャンプした。
「うぉーりゃ!」
鍔ぜりあっていた、巨大な猪人をヴァルミラがバトルアックスでなぎ倒す。
離脱していたノキアとベルが戻ってくるスペースを確保して、汗を拭い声をかける。
「大丈夫かい!?」
「ええ」
「数が多いニャ」
「ハッ!そりゃ、敵の親玉の城なわけだしね」
並のダンジョン攻略とはわけが違う。相手のレベル、数ともに別格で、少し気を抜いたならその綻びが致命的なものになる。
『ウィザード』のロール持ちである『エクレール』が今は居ないのが更に戦況を悪化させていた。
「おわわわ」
緊迫する戦闘の中、少し離れた位置で何やら勇者が走り回っていた。
何かに追われているのか背後をしきりに気にしながら、足を妙に上げてスキップと言うか小刻みなジャンプを繰り返している。
可笑しな走り方だ。
滑稽であるというのはそのとおりだが、いつもの間抜けを置いておいても異常な状況に見える。
「ったく。」
独りごちながらノキアは、視線を凝らした。
(‥‥地面を何かが高速で這っている?)
「何だニャ?」
「蛇龍?いや、あの大きさ‥‥」
巨大な何かが地面の中を泳いでいるように見えた。
勇者のスキップのような着地の直後、地面が裂けて、30メートル程度の鋼鉄色の何かがあらわになる。
爬虫類の鱗のようなもので覆われた、巨大な塊が勇者が体勢を崩してできた空間を通り過ぎていった。
圧倒的な圧力と速度で、わずかに接触した石柱を容易く吹き飛ばしていく。
「地王竜!!」
いち早く状況を察したノキアが悲鳴に近い声を上げた。
「やばいのか?」
「最上級です!まず私達のレベルではあの鱗の鎧を傷つけることはできません!そもそも、地王竜は、地中を魔力により泳げるので攻撃自体も当てようがありません」
「んな、アホな!?」
「人界とは、理が異なります。魔素の濃い魔界は魔生物にとってのホームです。それに精霊系ドラゴンと戦うには専用の竜装備が必要です」
「わぁあああ!」
「勇者!そいつは強敵です!!逃げてください!」
こちらの掛け声に気づいて、勇者は逃亡の角度をパーティがいる方向に変更した。
ヴァルミラとベルが戦闘態勢に入る。
地王竜の尾が地上に顔を出して、水辺を泳ぐ魚のように地面に大きな飛沫を上げた。
ドラゴンもまた、方向転換したということだろう。
「っく!!」
このままでは不味い。
ノキアは一か八か、天に向かって魔力を展開し始めた。
使い慣れた魔術だ。間違いようがない。祈るような気持ちで唱える。
「方舟よ!、ハルシュタットへ!!」
「んなっ!」
勇者が非難の奇声を上げると同時に魔法が発動した。
発動させたのは空間転移の魔法。
しかし通常は、地面に描いた魔方陣により、別の魔方陣に人や物を転移させるものだ。よく利用されるのは、街と街に設置されている転移方陣だが、今回は魔方陣が無い。そもそも転移魔法は大変高度で、移動者の体重や体積などの細かな調整が必要になる。とても、魔方陣のような外部装置が無ければ成立しない。
案の定、単独で発動した魔術は成立せず、パーティーはほとんど位置も変わら無い、同一のフロアに投げ出された。
「っておい!どうしたんだ!」
「これで良いんです!」
不満気な勇者の言葉に即座に返事をし、ノキアは口を閉じるよう人差し指を立てるジェスチャーをする。
「ヤツは地中にいるため、こちらを見ることはできません。私達を地面の振動で把握しています。僅かな移動ですが、ヤツは私達の位置を見失っています」
口笛を鳴らすヴァルミラ。
そう、今の転移は混乱させるのが狙い。だが、大した時間稼ぎにはならない。
再び敵兵との小競り合いが始まれば、ヤツが気づくのは間違いない。
「‥‥よし、やってやる!距離があるなら‥‥」
「お止めください!」
勇者ライディが、光剣の柄に手を伸ばしていた。
確かに光剣であれば、ドラゴンにも通用するだろう。しかし振り抜けば、味方にも建物にも被害が及ぶ。
塔の半ばをえぐり抜けば、そのまま頂上が倒れて自分たちには瓦礫の雨が降ってくる。
光剣の最大威力を持ってしても、さすがに塔の内部から全てを吹き飛ばす事はできないだろう。
やはり、城の中ではそうそう光剣は使えない。
(ったく。正門から廊下を抜けてエクレールさんと合流する手筈だったのに、「あの塔、何か有る気がするな。行ってみようぜ」なんて言い出すから。)
ノキアは、握り拳をワナワナと震わせながら、策を練るべく頭だけは冷静になるよう努めた。
塔は巨大で上り詰めても行き止まりだ。逃げ場がない。しかし、引き返そうにも自分たちを狙う敵襲の波が、とんでもない数になっている。
こちらの居場所がわれている以上、戦闘は絶え間なく続くだろう。
その上、竜族を相手にするとなれば、魔力の枯渇は必死。
無言に固まるノキア。
ジリジリと迫ってくる敵襲。
勇者ライディがイラつきながら声を上げた。
「どうすんだよ!!」
(そりゃこっちが聞きたいわ!!!)
ノキアは、もともとパンパンに膨らんでいた堪忍袋がそろそろ限界になるのを感じながら、再び冷静になるよう活を入れる。
(前進するにはベルさんの突破力に期待するしか無い。)
(防御力が高いヴァルミラさんにシンガリを任せて。)
(このアホは、置いていきたいけれど、そうもいかない。魔王とぶつけるのはヤツしかいない。)
(そう、このバカはそのためだけに存在している。)
「なにブツブツ言ってんだよ」
心の声が漏れていたのか、ノキアは自身の失策に笑い出したくなりながら、魔法を展開した。
「光よ!!!」
閃光が塔全体に一瞬で広がる。
「ニャに!!」
かすかに漏れたベルさんの可愛い声に癒やされつつ、順次手筈を進めていく。
地王竜には目眩ましは通用しない。
「行きますよ、勇者」
「どこだノキア」
「目眩ましの魔法です。今、追加で癒やしの魔法をかけましたので、視力も回復すると思います」
「お、おお」
「見えましたね?なら、走って!」
「何処に?」
「あの窓に向かってください!」
「窓ぉ?」
「黙って走る!!」
パーティーは、塔の外壁に向かって走り出す。
道中、視界を奪われた敵襲は、ベルさんが弾き飛ばしていく。
作戦はおおよそ成功したようで、ほとんどのモンスターが固まって動けずにいた。
(これなら。)
息を整えつつ、深く深く集中力を高めていく。
そして、先程しくじった、重量調和の大魔法をパーティー全体に展開する。
(今度こそは!)
「おわ、なんだ!」
「なんか体が軽くなったね!?」
(やった!)
先頭を走っていたベルが、窓の前まで先んじて辿り着き、こちらを振り返っていた。
「そのまま、飛び降りてください!」
「はぁーー??」
誰よりも早く、勇者の間抜けな声が響いた。
ベルもまた表情で、こちらに「?」を飛ばしていたが、こちらの真剣な表情を察したのか聞き返してくることはなかった。
「信じて!」
ノキアの叫びにベルはうなずくと、窓枠に手をかけそのまま飛び降りた。
「嘘だろ!」
並走していた勇者が反抗的な声音で近寄ってくる。
しかし、一人騒いでいる勇者を後ろからヴァルミラが抱え込んだ。
「んな!」
そのまま、窓へと飛び込んでいく。
さすがに驚いた勇者は、青ざめた表情でこちらを見ていた。
声にならない声を吐き出して、同時に鼻水も吹き出している。
この旅で一番の痛快さを感じながら、自身もまた、窓から城の中庭に向かって飛び出していった。