04_来訪者
「ご案内されなくて良かったのですか?」
召喚の間から移動して。城内、玉座の間。
軍事的拠点という意味合いが強い城の中でも、ここだけは権威を示す程度の装飾が施されている。
先王から続く、高く大きな玉座に、いつもより深く体を預けて爺を見下ろす。
「良い。そもそもこの城に、さして見るようなものもなかろう。それに王自らが人間の小娘を率いていたのでは、オレの沽券に関わる」
あの後すぐに、レイラは城を探索したいと言い出した。
本来であれば城の警備や、残存の戦力などを把握してもらうべく、それぞれを細かに説明する必要があっただろう。
しかし、それはあくまで目的の相手を召喚できていた場合だ。
グレスローザを葬ったあの一撃は、確かに見ていた。
が、やはり、なにかの偶然ではないか?と勘ぐらわずにはいられなかった。
王冠の暴発?召喚儀式の不手際?
可能性の確度を検討しないのなら、有り得そうなことはいくらでも思いついた。
魔術式。その痕跡が無いため、あの小娘が本当に起こしたもの、という確証が持てない。
望んだのは、既定の概念をぶち壊す存在だ。
イレギュラーを狙って起こしたのだから、その証跡は確かなものでなければ呑み下せない。
あまりの展開に、今はとてもそんな気分にはならなかった。
「ですが王よ。犀星の間がございますぞ。あの場所に入られては‥‥」
「あそこは5年も凍結された状態だろう。A級の結界術と同等の魔術的封印がなされている」
「ええ。姫君は、未だ人界に魂を封印されたままお眠りでございます。ですが、禁区への侵入には問題があるのではございませぬか?」
「確かにそうだが、逆にコレ以上無いほど安全とも言えるな」
「‥‥わかりました」
「それに、もしあの凍結を解除できるというのなら‥‥。いや、無いな」
続く言葉を飲み込むと、爺はそれ以上は聞いてこなかった。
別の話題を提案すべく、喉を鳴らした。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「情勢は切迫している」
「ええ」
「人界だけでなく、兄君まで刺客を差し向けてきたわけだからな。兄が何の根回しもなく、事を起こすとは思えない」
「周到なお方ですからな。して、どうなされますか?12種族を集めた族長会議でもなさいますか?」
「はは。先王以来だな?」
魔界を統治する12の種族。
その代表を一箇所に集めて、魔界の統制を計る族長会議。
そこで、兄の謀略を議題として提示する。つまりはそれぞれの長に、どちらにつくのか踏み絵をさせるわけだ。
公的な場で宣誓させれば、政治的なコントロールが効きやすくなる。少なくとも情勢は、今よりも明確になるだろう。
いや。
「‥‥無駄だ。意味がない。元々呼びつけても招集に応じないような連中ばかりだ」
逆に、情勢が悪い意味で明確になることもありえる。
その場合、族長会議が自身の最後の日ということになる。
「我が味方と呼べるのは12種族のうち3つだな」
「兄君は、魔眼姫がお后ですからな。となると、兄君に組するのは最低でも2種族ですな」
「どちらにも組しないのが2種族。既に人界の手に落ちたのも2種族か」
「拮抗しておりますな。となれば、残りの族長らに早々に接触されるのが肝要かと」
「ふむ。先ずは使者を送るか。とはいえ、使者に適任だったガルムがあの状態ではな」
「治療には10日はかかるとのことです」
当然ながら『人界』からの刺客もある。守りの要である爺を出すわけにもいかない。
しかし、使者として格落ちの者を向かわせれば、当然ながら不敬、あるいは政治的な隙を作ることになるだろう。
魔界は弱肉強食の世界。足元を見られるのは政略としては最も愚策だ。
「‥‥やはり、あの娘が鍵か」
元より、山積していたゴタゴタ。それらを一掃するつもりで召喚したわけだが。‥‥しかし。
「王よ。改めてお聞きします。彼の者をどう評価されているのでございましょうか?」
「あの女か。それは、‥‥分からん。正直なところヤツの魔法の得体が知れない。先程の会話の間も終始、ヤツの魔力変化を観察していたのだが、まったく知覚できなかった」
「では、魔力ではないということでしょうか?」
「しかし見たか、あの華奢な腕を」
「ええ、確かに」
あの腕でグレスローザもろとも、城の天井を吹き飛ばした?
バカバカしい。
「訳が分からん」
城塞は石造りだが、魔術的コーティングが施されている。
その強度は人界のちょっと堅牢な城とは訳が違う。
目下、戦時下である魔界の最重要戦術拠点だ。
専用の攻城兵器でも無ければ‥‥。
魔王が思考の霧の中をグルグルと巡っていると、唐突に城内を閃光が貫いた。
一瞬だけ明滅した、真白く、強い輝き。
次いで雷鳴が城内に鳴り響く。
爺は苦笑いしながら、周囲を固める獣人兵へ呼びかける。
「ったく、今度は何じゃ!確認しろ!」
騒がしく、末端の兵が広間から飛び出していく。
広間にいる兵すべてに、緊張と動揺が広がっていった。
と、間を空けずに2度目の閃光。
赤い炎の大地に、まばゆい白の光線が刻まれる。
雷?いや。
魔界において雷は攻撃の手段でしかなく、自然現象としては限られた一部でしか発生しない。
「これは‥‥ったく、次から次へと」
白の輝き。
魔界の暗雲は深く、それ故に見間違いなどありえない。明らかな白光。
それを象徴する人物は一人しか存在しない。
王の間から更に数名の兵が飛び出していく。
王もまた玉座から立ち上がった。
厳しい表情のまま爺に視線を向ける。
爺は、城外の眷属に数秒意識を飛ばしていたようで、少し間をおいてから顔を上げた。
「ヤツか!」
「はい!勇者一行が城の正門を突破した模様です!!!」