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03_名前

 魔界に朝陽あさひは昇らない。

 反対に月夜だけが平等に訪れる。

 地面からく獄炎のたけりが、人界で言えば朝の明かりに変わるものだ。


 スッカリ屋根の空いた召喚の間。

 空いた、というより消し飛んだと言った方が良いか。そこからのぞく、煌々(こうこう)と燃え上がる峻烈しゅんれつな大地を見つめながら、魔王は肩を落とした。

 グレスローザを消し飛ばした途轍とてつもない一撃の所為せいで、儀式場は半壊している状態だった。


 剣で貫かれていた爺はというと、確かに重症ではあったのだが、その肉体の性質上、自身の炭素変化の魔法で見事に復活している。

 一方、重症だった狼、ガルムの方は生死自体も危うかったが、何とか一命はとりとめた。今も治療の只中である。

 そして‥‥。


「で?だから、何言ってんの?」

「いや、ですから」

 爺の説明は実に5度目のループに差し掛かり始めていた。


 女は、儀式場の最上段の石板の上に座りながら、足を組み、大まかな事の経緯の説明を受けている。

「だから、言っている意味が分かんないって!!」


 が、その内容は完全に拒絶されてしまっていた。

 幸いだったのが、言語の壁はうまく乗り越えられているところか。

 おそらく、召喚式のあの複雑な魔術的因子の羅列にそういった、召喚される側に対しての文化や言語を補完する何かが組み込まれていたのだろう。

 ただ、まあ、意思疎通は可能でも会話は噛み合っていないわけだが。


 女の容姿は、灰色の髪に茶色の瞳。白地の服の上に黒のレザーの上着を重ねた服装で、身長は自身とさして変わらない。

 年齢も恐らく自分と同様に10代半ばくらいだろう。

 そこから考えると、この女の態度には多少驚いた。

 

 相手からすれば異形の姿をした爺や、自分。辺りにはより人の姿から、かけ離れた容姿の一般兵も多数存在する。

 更に見たこともないはずの荒廃した城の最奥。

 それらを目の前にして、まったく物怖じしていない。

 まさか、本当に破壊の神が降臨したのだろうか?


 ‥‥いや。

 グレスローザへの一撃。それは確かに劇的なものだった。

 しかし目の前にいるのは、状況をかいさないまま、反抗的に頬をいっぱいにむくれる少女の姿だった。

 それはどこか懐かしくもある。

 

 っふ。

 思わず漏れた息に女が反応した。眉間を上げてこちらを見返してくる。

 女の不平がこちらに飛び火する前に、王は一歩前に踏み出した。


「あー、ちょっといいか」

 全く前進していない2人の会話に割って入る。


「お前、名前は?」

 異界から呼び寄せたのだから、文化の違いはあるだろう。だが、名前くらいはありそうなものだ。

 こちらの呼びかけに女は、上がり切った眉間を崩さずに半眼で見返してきた。

「‥‥アンタは?」

「‥‥ア、ンタですと!お主、口の聞き方に‥‥」

 反射的に反応する爺を無言で制して、女を促す。


「なんだ?恥ずかしがり屋か?」

「人に聞く前に自分から名乗りなさいよって言うじゃない?ソレ!」

「こ、の小娘は、何度言ったら‥‥」

「良い!オレは魔王ルゼイン・カムイ。この魔界を統治する者だ」

「‥‥魔王?ふーん、にしては子供っぽいわね」

「まあ、そうかもな?実は王には成ったばかりなんでね。で?次はお前の番だな?」

「‥‥」

「貴様、王に名乗らせておいて」

「分かってるわよ!けど‥‥記憶が」


 先程からあった不遜ふそんな態度から改まって、唐突に女はしおらしくうつむく姿勢になった。


「頭ん中に薄い靄みたいなのがあって、‥‥さっきから思い出そうとしてるんだけど。‥‥ダメみたい」

「‥‥記憶が無い、のか?」


 なるほど。

 確かに、儀式のために集めた文献の中に、そんなこともあると記載されていた気がする。

 記憶の改ざん。

 それは傀儡かいらい術における常套手法じょうとうしゅほうのひとつだろう。

 召喚された相手が、術者を攻撃しないように図られる防護措置。

 しかし、目の前の相手を見ていると、少し残酷な仕打ちのようにも見える。


 先程まであった冷たい威圧感は今は無く、女はただ遠くを見つめながら、苦し気に息を吐き出していた。


 自分を規定していた一切が失われる感覚とは、どんなものだろう。

 そもそも考えてみれば、普通の人間の小娘であれば、怯えて会話もできないというのが本来の姿なはずだ。


 爺と無言で視線を合わせ、いつもの小言を思い返す。


「王は、大器ならねばなりません。

 他の一切が欠けていても、度量の大きさこそが王には必要なのです。

 先王は、この魔界すべてを背負われていた。

 部下の機微きびを受け止めてこそ王ですぞ。

 器を大きく持ちなされ」


 ふむ。

 これ以上あまり急かす訳にもいかない、か。

 そう。ここは、王としての度量を見せてやることが肝要かんような場面だ。

 仕方がない。


「そうか。では、名前が無いならつけてやらねばならないな」

 魔王は黒いローブをひるがえして女の前に歩み寄った。

 女が顔を上げる。


「折角だ。俺がみずから良い名を見繕みつくろってやろう」

 幾分か生気を戻した彼女を見返しながら、とっておきの名を思い浮かべる。


「そうだな。まず『サキュビナ』というのはどうだ?『サキュビナ・カルネージ』。

 あとは『グレモリー』、あー『グレモリー・ナイトメア』だ!

 はは、何を呆けた顔をしている。壮大な名前だが遠慮するものでもない。

 『ジャヒー・マンユ』なんてのも良いんじゃないか?どうだ、好きなものを選んでみよ」


「‥‥いやいやいや。さあ!じゃないわよ。さあ!じゃ。何なのそれ?」


「ふふ。サキュビナは有名な魔人の名だ。グレモリーは悪魔族の女公爵から取った。ジャヒーは、‥‥」

「もういいもういい!何なのよその方向性。アンタのセンスは十分わかった。了解よ、自分の名前は自分で決めるわ」

「な、何を‥‥」


 大きく溜息をつく女。そして、横で咳き込む爺を見返して、何とか喉奥に出かけたものを飲み込んだ。

 そう、忘れてはならない。王としての懐の深さ。

 大きく息を吸う。


「では、なんと呼べば良い?」

「ん?そうね。なんだろう?‥‥レイ。いや、レイラにするわ」

「レイラ?なんだそれは?」

「知らないわ、何となく思いついたのよ。ひょっとしたら私のホントの名前なのかも」

「可笑しな名前だが」

「そりゃアンタには負けるわ」


 呆れたように彼女は首を傾げた。そして会話を打ち切るように、立ち上がる。

 ぽんぽんと、自身の服に付いた埃を払って、崩れた外壁から覗く炎の大地を見回した。


 人界に比べ、魔界に風光明媚ふうこうめいびと呼べるものなど存在しない。あるのは、むき出しの尖った地面と炎ばかりだ。

 レイラは、しばしその景色を見つめたまま固まっていた。


「それが魔界だ」

「ふーん」


 魔界の窮状きゅうじょうは、その景色がすべてだった。

 続ける言葉など不要なほど、明確に壊れた世界。


「仕方の無いものなんて、どこにでもあるのね」


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