02_刺客
「魔王、ルゼイン・カムイに告げる。
貴殿が行った、先日の戦時行為について。
戦術拠点でもない民間施設への攻撃は、軍部の同意の無いままの独断侵攻であり、そしてその乏しい戦果は、散々たる有様。
かような暴挙を許しては、我が軍全体の更なる戦力の低下を招きかねない。
よって、貴殿が所有する王権の放棄を所望する。
手続きがなされない場合、強行の手段を取らざるをえないことをご理解されたし」
爺は、書状を読み上げながら肩をすくめた。
「以上が、兄君からの書状の内容ですな」
書状を閉じると手紙は燃え上がり、そのまま上空に魔術文字が展開される。
時空魔法で書かれた刻印式は、書状の内容をその時、その場所で開封したということを世界に刻み込む術式である。
空間に展開された魔術式が燃え尽きるのを見つめて、王はため息を漏らした。
「暴挙とは、ハルシュタットのことだろうな」
「ええ。しかし、あれは王様自らが単独で参られた作戦。軍の被害を抑えるため、また、人界側の準備が整う前に無理を承知で決行した奇襲作戦です」
「ああ。まあ、兄上からすれば、王位の返還を取り付けられれば何でも良かったということだろう。つまらん口上の隙を与えてしまった」
「どうされますか?」
「時空術式を使った公文書を送ってきた以上、脅迫には意味がある」
「つまり、兄君は実力で魔王の座を奪いかねないと」
「俺を殺してでも、な。だが、まあ。兄上にしては慈悲深いとも言えるな。一応別の方法も示してはいた」
魔王は座していた儀式場の石段から立ち上がり、背後へと振り向いた。つられて爺も後方の壇上に視線をやる。
そこには、儀式で何の因果か呼び出された人間の娘が眠っている。
彼女の頭上には、例の王冠が魔術的に縫い付けられていた。
「王冠の返却ですか?」
「ああ。これだけが魔王としての証明だからな。元々魔力も知略も、兄は俺を上回っている。王位を継いだのは父の気紛れだ」
王の言葉に爺は、ゆっくりと首を横に振った。
「亡き先王のご意思は、某には測りかねます。しかし、かの王の憂いは本物でございました。気紛れとは思えませぬ」
「爺よ‥‥」
爺の真剣な面持ちに、王は手をかざして応える。とはいえ先程、杖で小突かれた部分を擦ってやると、爺は黙って視線を外した。
まあ、爺こと『ガドモゲス・ブラステッケン』は、父の世代からの数少ない味方と呼べる存在の一人。いたらぬ自分に精一杯尽くしてくれているのは事実だ。
王は再び振り返り、娘の方へ歩み寄った。
やはり、なんの変哲も無い、どこにでも居る人間の小娘である。
着衣は見たことのないものだが、戦場をかける覇王のものとは思えない。起死回生として呼び寄せた破壊の神がコレか、と笑いたくなる。
かすかに上下する白い頬を優しく撫でつけて、王は、頭の上に小さく載っている冠に手を伸ばした。
と、その瞬間、バリっと目視できるほどの黒い電撃が、辺りに蜘蛛の巣のように広がった。
「なっ!!」
慌てて手を引き、散っていった雷の跡を見つめる。
可笑しなことに、広がった軌跡に目を凝らしても、魔力で編み上げられた跡が見つからない。
「どういうことだ」
「ふむ」
有り得ないことだった。
爺も首をひねって、雷が霧散した虚空を見上げていた。
魔法には必ず手順がある。魔力は確かにエネルギーの塊だが、魔力が流れる道を作ってやらなければ、望む事象を作り出すことはできない。その魔力の道、魔力路の生成を無視する術など聞いたことがない。もしくは魔法ではない何かなのか?
訳の分からないことだった。しかし、それを問うべき娘は未だ目を閉じたままだ。
「ワォオオオオオオオオオ!!」
唐突に城の外からオオカミの遠吠えが聞こえてきた。
声は、明らかに切迫した何かを伝えようとしている。
「今度は何事だ」
「ガルムたちの遠吠えのようですが、さて」
城を襲っていた嵐はいつの間にか去っていたようで、その声は城中に不気味に響いている。
何か、間違いなく緊急を要する事態が発生したのは間違いない。
外を見ると、森を焦がす火炎の跡が暗い空を染めているのが分かった。
「侵入者か」
「かもしれません」
「どうした?爺」
爺はしばし押し黙って、深い眉間のシワを更に深々と刻み込んで、何やら考え込んでいるようだった。
「‥‥いえ。ご存知の通り、我が種族は種族間の意識の共有が可能です。しかし、城の周りの者と意思疎通できないのです。‥‥取り急ぎ、遠縁とはなりますが、別の我が子らに探らせまする。しばしお待ちください」
「その必要はございませんよ」
爺の発言に割って入る形で、男の声が聞こえた。
「お久しぶりです。魔王様」
王らがいる召喚の間の入り口に、黒い全身鎧をまとった男が立っていた。
鎧の男は、片手に見慣れた狼の一体を抱えている。
「ガルム!」
「魔獣族の次期当主、あ、いや現当主でしたね。『ガルム・グレイア』くん。まだまだお若い。王城警備に据えていたようですが、っふふ。このとおり」
鎧の男は、無造作に重症を負った狼を前方へ放り投げた。
ぐちゃりと力なく、狼は地面と激突しそのまま動く様子がない。息も怪しい。
「っく。『グレスローザ』!貴様!!」
一瞬、ズタボロになった狼に駆け寄ろうかと頭を過るが、そんな隙を許すような相手ではない。
何とか踏み留まって、恨めしく視線を送る。
「兄君の差金か!?」
「ええ。話が早いのは助かります」
なるほど。送られた書状と刺客が現れた時差を考えると、元より選択肢は無かったということだろう。
暗黒騎士グレスローザは、兄の最側近とも呼べる存在で、旧時代の邪神の左腕から生まれたとされる由緒正しい魔界の最上位貴族である。
最悪だ。万全の状態でも難しい相手だ。今のこの枯渇した魔力ではほとんど勝ち目が無い。
ためらいが、いくばくかの沈黙を生んだ。
「‥‥王よ、ここは私が」
「待て、爺」
爺は状況を察してか、一瞬だけこちらに視線を向けて軽く微笑んだ。
その態度は、問題無いとでも言いた気な豪胆なものだが、何時もの飄々とした態度とは、かけ離れている。
爺は、ゆっくりと一歩踏み出すと、老いた細腕を前に出し、杖の先を前方へ。暗黒騎士に向かって掲げる。
「これはこれは魔樹の王こと、ガドモゲス・ブラステッケン殿。飽きもせず、沈みかけの玉座をお守りされているご様子」
「ふぉっふぉっ、そりゃ当然じゃ。先王には良くして頂いた。主もそのはずじゃろう?我らは等しく大いに夢を見させて頂いた。我らが玉座には意味があるのじゃよ暗黒騎士殿。それとも騎士様は、主義も矜持も忘れてしまったのかね?」
「っふ。老いぼれが!」
暗黒騎士グレスローザの抜剣を合図に、爺の杖が真っ黒に光った。杖はそのまま大きな蛇のように、空中を蛇行して駆けていく。
凄まじいスピードで、爺と暗黒騎士との距離を埋めた『蛇』は、爆発したように突然広がった。
『蛇』は、グレスローザに届く手前。一筋の太い束が爆発を起点に無数に枝分かれしたのだ。その先端の一つ一つは、針のように研ぎ澄まされている。
無数に広がった切っ先が雨霰となって暗黒騎士を襲う。
爺の種族は魔界の植物族である。
専用魔法として、空気中の魔素を炭素化させる能力を持っている。
空気はどこにでもある。つまり、相手が爺の魔術範囲に入ってしまえば、その攻撃から逃れることはできない。
「やったか!?」
「まさか」
王の発言に即座に反応して、暗黒騎士の声が響いた。
直後、炭素化させた黒い無数の刃はパラパラと呆気なく砕け散った。
「お年のようですね。ひどく軽い。我が鎧を貫くには到底及ばない」
直撃だったはずだ。しかし、全くの無傷でグレスローザは悠然と刃の塊の中から姿を現した。
剣を振って、いくつか残っている黒い刃の欠片をはたき落としている。
爺はあまり驚いてもいない様子で、次手のためこちらに振り向いた。
「王よ」
「ん?ああ!分かった」
爺の声掛けに気付いて、王は傷ついた狼の元に一瞬で駆け寄ると、2人と距離を取るべく狼を抱えて大きく跳躍する。
炭素操作には、いくらでも術があった。
いつの間にか、地面に叩き落とされた黒炭だった木々たちから、新たな芽が膨らみだしていた。
無数のつぼみが、暗黒騎士と爺との間に芽吹いている。
膨らみは息を吸うように一斉に大きくなり、次いで、その先端から毒の霧が吐き出された。
「っふふ、今度は何です?
まさか毒ですか。なるほど、奥の手というやつですかね?
しかし魔族同士の戦闘で毒とは。やはりお年のようですね、完全に狼狽されている。それとも戦闘は久しぶりで勝手が分かりませんか?」
煽るように、暗黒騎士は躊躇いもなく前進を開始した。
視界は悪いが、石床を金属が擦れるガチャガチャと騒がしい音が響いている。
「麻痺にしろ、眠りにしろ、魔族には耐性がある者がほとんどです。そこで弱っている魔獣族ならいざ知らず、神経系の異なる悪魔族、しかも最上位種である私に通じるはずが‥‥」
「目眩ましじゃよ」
薄霧により視界を覆ったわずかな間隙。
突如、魔樹の王ガドモゲス・ブラステッケンが、暗黒騎士の背後に現れていた。
「バカな!!」
爺の細く長い指が、騎士の首に巻き付いている。
指は、蔦のように伸びていて鎧の隙間に入り込んでいるように見えた。
暗黒騎士の肉体が、肩、あるいは右下腹部など、部分的にいびつに膨らんでいく。
「肉体に寄生する魔素植物じゃよ。寄生した主の魔力を吸って成長する。防ごうにも魔力で肉体を固めれば、寄生植物の養分を増やすだけじゃ」
「こぉの、老いぼ、れ、が」
強張った声を何とか吐き出して、暗黒騎士は精一杯に剣を振るう。
しかし、すでに爺はそこにいなかった。いつの間にか、騎士の背後から元居た部屋中央の祭壇の辺りまで移動している。
爺は、魔術範囲の中であれば、根や蔦を伝って自身を別の場所に移動させられる。
「これで片腕は、封じたわけじゃが」
暗黒騎士は、肩口が大きく膨れているため、剣を握る腕が、だらりと垂れ下がってしまっていた。
「っくっそ!!」
「では、仕上げとまいろうか」
言うと、爺の手元に再び杖が現れた。
その杖を掲げ、空気中の魔素を物質化させるべく、魔術式を展開する。魔力の道が一瞬で暗黒騎士の範囲まで編みあげられた。
が、今度は爺の炭素魔法は発動しなかった。
魔術式に明確なヒビが入る。
「馬鹿、‥‥な」
爺が膝から崩れ落ちた。
爺の腹部には、暗黒騎士の大剣が突き刺さっている。
「爺ぃ!!」
「驚きましたぞ、ご老体。全盛期であれば良き勝負になっていたやもしれませんな」
「な、何をした!?」
王の叫び声に、暗黒騎士は余裕の笑みを浮かべている。
「っくく、いいでしょう。つまらぬ『お使い』かと思っていたが、存外といい気分だ。お話ししましょう。
我が能力は2つ。1つは我が左腕。私の左腕は空間を掌握します」
言いながら、騎士は左手を掲げると、離れた爺に突き刺さっている大剣を引き抜いた。
爺が、ビクリと大きく痙攣して、吐血する。
どういう理屈か分からないが、やつの左手の動作は距離を無効にするようだ。
なるほど。城外のガルムを倒してから、ここに現れた速さの理由はコレに起因するというわけだ。
「そしてもう一つは、相手の魔力を吸い上げる力。まさか切り札が、我が一族と同種のものとは驚きましたぞ。だが力勝負となれば、やはり若さがモノを言った、ということですな」
腹部を抑えながら横たわる爺。その背後にグレスローザが瞬間移動する。
「さて、ご判断を。ご老体。夢はすべからく覚めるもの。それとも永遠の虚栄に溺れ続けますか?」
爺の首元に大剣を置きながら、暗黒騎士は笑い声をあげた。
完全な勝鬨の声に対して、爺が弱々しく口を開く。
「‥‥王。お逃げください」
「っく」
爺との距離は僅かではあるが、魔力の枯渇した今の状態では、グレスローザの剣には間に合わない。
何かないか。グレスローザの気を一瞬惑わすだけで構わない。
王は、辺りに視線を巡らせた。
戦闘の衝撃により、パラパラと崩れかけている天井。
地面は、爺の攻撃のため木の根と、蔦で溢れていた。
グレスローザが今まさに剣を掲げる部屋中央の祭壇は、石段に大きくひびが入り、僅かに倒壊しかけている。
あれ?なんだ?
一瞬の思考の中で僅かに違和感に気づく。
何かが欠けている。そこにあるはずの何か。
確か石段の上に‥‥。
そう。あの女の姿が見当たらない。
「何?あんたら」
唐突。いや、位置的には最初から変わっていない。いつの間に目を覚ましたのか。女が、暗黒騎士の背後に立っていた。
なぜ気付かなかった。
いや、爺の霧は霧散し、視界は開けている。あの切迫した戦闘の中で見落とすとは思えない。
何かの魔法だったとしても、やはり魔術の展開式など確認できない。
それになにより。
圧倒的な冷たい視線。
「な、何者だ、貴様!!」
突然背後を取られたこと。いや、それ以上に、冷たい圧倒的な何かを感じたであろう暗黒騎士は、振り向きざまに抜身の大剣を女に向かって振りかぶった。
なんだ、この心臓を縮みあげるような、とんでもない圧力は。
ねっとりと縛りつく、重たい何かが儀式場を支配している。
アレは、ただの場違いな人間の女のはずだ。今も魔力など微塵も感じることはできない。けれど‥‥。
「あたし、低血圧なんだけど」
言いながら女が手をかざすと、暗黒騎士グレズローザの半身が吹き飛んでいった。